『錯覚の科学』、クリストファー・チャブリス、ダニエル・シモンズ共著、文春文庫、2014年。

チャブリス氏(1966年生まれ)とシモンズ氏(1969年生まれ)は、どちらもアメリカ合衆国の認知心理学者です。

両者は「若者たちが興じているバスケットボールのパスの回数をだれかに数えさせると、数えている当人は集中しすぎてなかなかパス以外のできごとに気づかない」という結果が出た、有名な実験をおこないました。

上掲書は、当該実験に加え他の各種実験も紹介しながら、人間の錯覚について解説したものです。

「注意の錯覚」「自信の錯覚」「原因の錯覚」など、計6種類の錯覚が語られています。

まず「記憶の錯覚」の章であつかわれていた例として、映画『プライベート・ライアン』がらみの錯覚。

映画では、主人公を含めた全8人の兵士が野原を歩いてゆくシーンがあります。
そのうち1人は数分前に死んだので、本当は全部で7人でなければおかしかったそうです。
編集ミスで人数が1人増えてしまったわけですが、ほとんどの観客はこれに気づきませんでした(わたしもまったく気づきませんでした)。

つぎに「可能性の錯覚」において、著者たちは「モーツァルトの音楽を聴くと頭がよくなる」旨の迷信にたいし科学的な批判を展開しています。

モーツァルトが頭をよくしたのではなく、黙って座っている、あるいはリラックスすることが、頭を悪くしたのだ! つまり、モーツァルトの音楽は、私たちが日常生活で体験するさまざまな脳への刺激と同じようなものだったが、沈黙とリラクゼーションのほうが認知能力を低下させたというわけだ。いずれにしてもモーツァルト効果なるものは、まったくと言っていいほど存在しない。(pp.289)

妥当なご指摘と考えます。

さらに「知識の錯覚」の章。

ここで著者たちは、アメリカの消費者が「波動」という専門用語に引きずられ波動を謳う商品をつい購入してしまう流れに、注意を促しました。
波動もそうでしょうし、日本の場合は「マイナス・イオン」や「水素水」も同問題に該当すると思います。

専門書なのに楽しく読める本でした。

本書を読みながら、わたしは改めて心理学がいかにわたしたちの日常生活に密着した学問であるかを感じました。

人はだれも「自分が多様な錯覚をもっている」ということを自覚していません。
見たものは自分が見たとおりと判断しますし、記憶も自分が記憶しているとおりと信じこんでいます。

実は違います。

実は違うという事実を認識すれば、わたしたちはもっと注意深くなり、謙虚にもなってゆくことでしょう。

金原俊輔