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『マシュマロ・テスト:成功する子・しない子』、ウォルター・ミシェル著、ハヤカワ・ノンフィクション文庫、2017年。

「マシュマロ・テスト」とは、ある心理学の実験につけられた通称です。

実験は上掲書の著者ミシェル教授(1930年生まれ、アメリカ在住)が考案しました。

幼稚園児たちにお菓子のマシュマロを示し、すぐ食べる場合には1個だけを与える、食べることを20分我慢するのだったら2個与える、どちらのほうを選ぶか……、以上の選択をさせます。

そうすると、あっという間に食べる子がいるいっぽうで、20分のあいだじっと我慢する子もいます。

研究結果によれば、両者のうち20分間がんばってマシュマロ2個を得た子どもたちのほうが、その後の人生は良好でした。

まず、彼らの大学進学適性試験(日本の「センター試験」的なもの)の点数が高かったそうです。

27歳から32歳にかけたころには、すでに高度な教育を身につけ、目標を効果的に追求し、肥満体とはならず、ストレスにうまく対処するようになっていました。

人間関係も良かった由です。

なぜそうなるのかというと、我慢できた子たちは「自制心」を有しており、自制心を駆使しつつ自分の人生を切り開いていったため、とのことです。

『マシュマロ・テスト』は、この重要な発見を論じた書物でした。

著者は誠実なかたと想像されます。

有意義で、一貫していて、統計的に有意の相関関係からは、母集団について幅広い一般論が導けるが、一人ひとりについては、自信を持って予想を立てられるというわけでは必ずしもない。たとえば喫煙を考えてほしい。多くの喫煙者が、タバコが引き起こす病気で早死にする。とはいえ、早死にしない人もいる。いや、たくさんいる。(pp.56)

ご自身の研究で出た結果を過度に一般化なさっていませんので。

そして、

研究で明らかになった証拠を素直に受け止めれば、脳の可塑性の発見は、人間の本質がずっと以前から思われていたよりも柔軟で、変化を許容することを物語っていると言える。私たちは、将来どういう人間になるかを決める、固定された不変の特性の束を抱えてこの世に生を受けるのではない。社会的な環境や生物学的な環境とたえず相互作用をしながら成長していく。そうした相互作用によって、私たちの抱く見通しや、私たちを駆り立てる目標と価値観、刺激や経験の解釈の仕方、自ら築き上げる人生の物語が形作られる。(pp.333)

とも発言されました。
しっかりしたデータの裏打ちがある発言です。

心理学の学問的意義が再確認できる学術書でした。

さて、わたしは、ミシェル氏の実験はきわめて独創的である半面、おおむね行動心理学の枠組み内で例証がおこなわれている、との印象を受けています。

その関係でしょうか、本では、自制心を養うためのアドバイスとして行動療法および認知行動療法の諸技法がつぶさに紹介されていました。

自分が所属する学派ですから鼻が高くなります。

しかし、もしわたしが幼稚園時代に当該テストを受検していたら、マシュマロをすぐさま口に入れたことは火を見るより明らかです……。

鼻を折られる研究でもありました。

金原俊輔

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