『東京にオリンピックを呼んだ男』、高杉良著、角川文庫、2018年。

わたしは月刊誌の編集者だったころ、職場の先輩に教えてもらい、高杉氏(1939年生まれ)のビジネス小説を読みだしました。

すぐさまファンとなり、一時は濫読したものです。

その後、仕事をやめて心理学の世界に入ったため、氏の小説から遠ざかりました。

今回、上掲書を通じ、30数年ぶりに高杉作品と再会しました。

フレッド・イサム・ワダ(1907~2001)の半生を描いた実話小説です。

主人公の日本名は、和田勇。

アメリカ生まれの日系人です。

彼は実業家として成功しましたが、スポーツ界にも深く関わり、往年の東京オリンピック招致を初めとしていくつかのオリンピック開催さらには各種スポーツの国際大会開催に尽力しました。

誠実しかもエネルギッシュな人柄だったみたいです。

活動の原動力は「祖国のために(pp.401)」でした。

『東京にオリンピック~』は、全米水泳選手権大会に出場する古橋廣之進選手(1928~2009)たちがロサンジェルスへ到着し、和田の親身な世話を受ける場面からスタートします。

こまごました逸話が詳細に語られていました。

本書が読者に伝えたいメッセージは、私利私欲を離れ、無私の精神でがんばれば、多くの人々の支援を得ることができる、そして目標に到達することができる、だったのではないでしょうか。

いち個人がオリンピック招致という大問題に影響をおよぼしたわけですから。

以上に加え、物語の底流として、アメリカにおける日系人たちの苦労や日本への愛も描出されています。

長くアメリカに住んでいた身には理解できる内容でした。

在米当時、わたしは日系人の友人に誘われ日系人だけが集まるパーティに参加したことがあります。

開催は12月7日(真珠湾攻撃の日)。

パーティはあるかたのご自宅でおこなわれており、広い会場に入ると壁の一角を覆うほど大きな旭日旗が飾られていました。

びっくりしましたし、改めてアメリカ日系人たちの鬱屈・望郷の念を痛感させられました。

本書を読書中、その記憶がよみがえりました。

われわれ日本人はほとんど海外の日系人たちに思いをはせることがありません。

いっぽう、日系人のほうは常に祖国を意識しています。

祖国・日本を心底慕い、誇っているのです。

その人たちに恥じるところがない日本でありたいものです。

話は変わります。

1964年の東京オリンピック開会式において、主人公は、

聖火台の下でファンファーレが鳴りわたった。
和田は、涙がこぼれてならなかった。
「日本はこれで一等国になったのや」
「ええ」
「戦争に敗れて、四等国になったが、よう立ち直った。日本人は皆よう頑張った」(pp.493)

こういう一節が記されていました。

お気もちはわかりますし、当時の日本国民はおそらくだれもが同様の感慨を抱いたのではないかと想像します(わたしは9歳だったので、はっきりとはおぼえていません)。

しかし、オリンピックで国威を発揚する時代はもう過ぎ去った、このように考えてよいでしょう。

2020年に東京オリンピック・パラリンピックを迎える日本人は、できるだけ「国の威信」云々をいわず(あまりムキにならず)、スポーツ自体を楽しもうとする姿勢をもつべき、また、ホスト国として出場選手たちがベストを尽くせるよう腐心すべき、それこそが大事、と思っています。

金原俊輔