『台湾総督府』、黄昭堂著、ちくま学芸文庫、2019年。

台湾で生まれ、日本で活躍された、昭和大学名誉教授・黄氏(1932~2011)による学術書です。

わが国が台湾を植民地とし、統治のために総督府を置いていた約50年間が、隈なく研究され、研究結果が克明に報告されていました。

もともとは1981年の出版、その本が2019年に文庫となったのです。

秀作といえるでしょう。

上掲書を一読して気づくのは、かなり日本に対し辛辣な内容であること。

日本帝国は台湾統治を確立するために、数万の台湾人抗日運動者を殺害した(後略)。
日本帝国は「一視同仁」を旗印にしながら、台湾人に参政権を与えなかった。(pp.24)

「霧社事件」とは昭和5年10月に台中州霧社でおこった高砂族による反乱事件である。(中略)
事件の原因は、長年にわたる総督府による討伐や処分にたいする怨恨、強制労役や高砂族婦女への無礼、地元官憲のごうまんな仕打ちなどにたいする不満が爆発したものである(pp.124)

戦後、台湾人が親日的傾向に転じたのは、かつて自分たちが教えを受けた国民学校をはじめとする各級学校の教師への敬愛の念がそうさせたのであり、それを、「日本の統治がよかったからだ」と曲解する日本人が多いのは、きわめて残念なことである。(pp.191)

こうした容赦ない記述が各種資料と共にいくつも提示されました。

目をそむけたくなってきます。

しかし、すべて史実であるのですから、われわれ日本人読者は目をそむけたりはせず、記述を謙虚に受けとめ、反省するしかありません。

日本の台湾統治は、欧米諸国がおこなった悪名高い植民地統治と、大同小異だったわけです。

慚愧(ざんき)のいたり。

本書には日本への誉め言葉も含まれていました。

第2次世界大戦の敗戦後、台湾に留まった日本人は、

給料収入の途を断たれたので、貯金をつなぎ食いする身になった。家庭用品、書類を道端にならべて、ションボリした姿で安売りする光景が随所にみられた。(中略)
大日本帝国本国人としての矜持(きょうじ)を傷つけるとして、じゅうらい総督府から禁止されていた人力車夫に、身を転じた者もいたという。
権力をもつと鼻持ちならぬ傲慢さを発揮するが、没落すると屈従に甘んずる、これら日本人の潔さが、この期になってはじめて台湾人に好感をもって迎えられた。(pp.266)

誉め言葉ではなかったかもしれない……。

台湾総督府は消滅したものの、建物は当時そのままで残っており、長らく「台湾総統府」として使われています。

2019年8月現在、蔡英文・台湾総統はおもに日本人観光客を対象とした「総統府に泊まろう」無料体験イベントを実施していらっしゃり、ご自身のツイッターで日本語による勧誘もおこなわれました。

これは『台湾総督府』を読了した直後の動きでしたから、文字どおり「今昔の感」に堪えません。

わたしは過日、

謝雅梅著『いま、日本人に伝えたい台湾と中国のこと』、総合法令(2002年)

も、読みました。

日本と台湾とのあいだに見られる温かい友好関係は、『台湾総督府』書では全然導きだせない現象でしたが、謝氏の作品からだと容易に導きだせ、上述した「総統府に泊まろう」にもつながっているように思われます。

金原俊輔