最近読んだ本401

『最後の人声天語』、坪内祐三著、文春新書、2021年。

「最近読んだ本398」にて坪内氏(1958~2020)の作品を評したばかりでしたが、また新たな本が刊行されました。

鬼籍に入られたのちに遺作出版がつづいているのは、同氏が生前、業界関係者のあいだで人望が厚かったからではないか、と推察いたします。

往年、評論家の永江朗氏は、

永江朗著『批評の事情:不良のための論壇案内』、ちくま文庫(2004年)

の最終章、坪内氏を取りあげ、

坪内がやって見せたのは、古本屋の目録を語るというスタイルを用いながら、「ただのマニュアル書」とそれに群がる人々、あるいは下劣なジャーナリズムを串刺しにしつつ、その向こうにある、マニュアル書を求め、「活字でしか味わえない世界」の喜びを死滅させようという社会を撃とうというパフォーマンスだ。拍手を送るしかない。(永江書、pp.403)

と述べました。

人望のみならず、活字文化衰退を嘆いていた坪内氏に志ある業界人たちが共鳴し、彼ら・彼女らがご物故後の上梓を助勢している可能性も考えられます。

さて『最後の人声天語』は、月刊『文藝春秋』に連載中だった氏の随筆を新書化したもの。

肩がこらない内容でした。

濫読をとおし蓄えた膨大な知識をひけらかさないよう、硬いコラムとならぬよう、著者はお気をつけになって執筆されたみたいです。

多くあつかわれたテーマがふたつあり、ひとつは大相撲でした。

わたしも相撲好きなので感興をそそられます。

以下、大露羅(オーロラ)なるロシア出身力士の話題。

巨漢も巨漢、歴代最重量の(つまりあの小錦より重い)292.6キロもあるのだ。(中略)
大露羅はまさに壁だった。ノッシノッシと前に進んで来る。(pp.178)

のんびりした文章です。

ただし、2019年5月、米国トランプ大統領の来日および大相撲観戦予定を案じた箇所は、

先日引退した稀勢の里(荒磯親方)の公務は館内警備だ。
その荒磯親方をトランプの横に坐らせておけば良いのだ。
右翼は(右翼度が高ければ高いほど)絶対に手を出せないだろう(後略)。(pp.215)

右翼が稀勢の里ファンなので(稀勢の里が右翼なので?)「絶対に手を出せない」ということなのでしょうか。

意味がよく分りませんでした。

もうひとつ頻出したのは、身罷(みまか)った同時代人への追悼です。

野坂昭如、桐山秀樹、大橋巨泉、渡瀬恒彦、サム・シェパード、柴田信、トム・ウルフ、フィリップ・ロス、名和宏、橋本忍、和田誠、といった顔ぶれの死没が敬意をもって語られました。

それにしても一般誌におけるシリーズでこれほど追悼文だらけなのは異例と思います。

ご自身の最期が近づいていたことと何らかの関係が……?

関係はない模様で、2018年6月号において、作家・大岡昇平(1909~1988)の書店論を紹介しつつ、

今年還暦を迎えた私は10年後、最初に引いた大岡昇平がその言葉を口にした年頃となる。(pp.161)

お気の毒ながら、坪内氏に「10年後」は訪れませんでした。

ご逝去を衷心よりお悔やみ申し上げます。

金原俊輔

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