『日本株式会社の顧問弁護士:村瀬二郎の「二つの祖国」』、児玉博著、文春新書、2017年。

村瀬二郎という快男児の存在を知ることができた本です。

彼は、1928年(昭和3年)アメリカ合衆国生まれで、第二次世界大戦中は日本で暮らしたものの、終戦後、アメリカへ戻って弁護士になりました。

アメリカ在住の日系法律家として、「ソニー」「ダイハツ」「日産」「東芝」など、わが国を代表する大手企業の顧問を務め、各企業のアメリカ進出を支援。

さらに、日本政府と米国政府の橋渡しの役割も担っていたとのことです。

村瀬は「大和魂」を大切にしていたらしく、この一事から本人がめざした生きかたが窺えます。

誠実な人柄で多くの人たちに信頼されていました。

彼の法律事務所が入っていたマンション内での光景を紹介すると、

21階のオフィスからエレベーターで降り、ロビーを抜けて行く。村瀬は受付の女性やガードマンに右手で小さく敬礼をしてみせる。すると、満面の笑みでその女性やガードマンは、「ハロー。ミスター・ジロー」と挨拶をする。
それは、村瀬に案内されたレストランでも同じだった。ウエイター、挨拶に来たマネージャー、皆、村瀬と会えたことが嬉しくてたまらないという風情なのだ。(pp.188)

他者を強く魅了していた模様です。

2014年(平成26年)、ニューヨークにて逝去されました。

著者(1959年生まれ)は村瀬の人生を「じつに総量の多い(pp.198)」と表現しており、まさにその形容がピッタリの一生でした。

これほど素晴らしい人物を有したのは日本の幸運です。

さて、『日本株式会社の顧問弁護士』を読みつつ、(村瀬からは少し離れて)いくつか思ったことがあります。

最初に、

建国の父の一人であるベンジャミン・フランクリンでさえも、イギリス系住民が作ったペンシルバニア入植地に流入するドイツ系移民を激しい言葉で罵っている。「ドイツ人は無知な愚か者で、ドイツからドイツ語の本を輸入し、子供たちは英語を学ぼうとしない。そればかりか、低賃金で働き、英語住民の仕事を奪っている」
今日、大統領となったトランプを連想させる発言だ。(pp.28)

著者のご指摘どおりでしょう。
トランプ大統領がドイツ系の血を引いている点を思えば、フランクリンの発言は時間を越えた皮肉として成立します。

わたしたち人間はなかなか歴史に学べず、類似の過ちを繰りかえしてしまうようです。

つづいての話題。
おそらく1970年代ごろのエピソードと想像されますが、戦後の日本が経済的復興をなしとげてゆくなか、

村瀬はそうした日本人を誇りにしていた。と、同時に日本の経済が目を見張るような成長を遂げ、貿易摩擦が生じ始めると不安を持つようにもなっていった。
村瀬は日本人の美質だけを強調し過ぎるような本や意見が溢れるようになっていることを、恐れを持って見ていた。(pp.144)

2017年現在、日本人執筆者が自国を礼賛した書物が多数出まわっています。

往年、村瀬が日本人の驕りを懸念したことに学び、今のわたしたちも決して驕らないよう気をつけなければなりません。

金原俊輔