『だから、居場所が欲しかった。:バンコク、コールセンターで働く日本人』、水谷竹秀著、集英社、2017年。

わたしが若かったころ、日本的な価値観を根本から揺さぶったり日本で受けた心の痛手を癒したりしてくれる懐(ふところ)を有する国は、インドとみなされていました。

それがいまはタイに代わっている模様です。

上掲書は、タイの首都バンコクにおいて日本企業のコールセンターで働いている日本人を取材した、生々しいノンフィクション。

取材を受けたオペレーターたちは、どなたもがいわば「訳あり」で、諸事情のため日本社会に溶け込むことができず、採用されやすく時給も悪くはない上記の仕事につきました。

みなさんタイのファンです。

それでは彼らがタイに適応し、お仕事をしながら同国での生活を満喫しているかというと、かならずしもそうではありません。

背景に、

コールセンターで働く日本人について、青山はこう説明する。「働いている人は30代が中心で、ぱっと見はオジサンが多いです。学生の時、クラスに必ず1人か2人は変な子がいたじゃないですか? コールセンターはそれが全員集合したみたいな職場です。どこか一般常識が欠落したような人が多いですね(後略)」(pp.9)

こうした理由があるみたいです。

タイ適応どころか、どこまでも壊れつづけてしまっている人たちの話題も少なからず出てきました。

まずは男性の例です。

関根はアパートを追い出され、職探しも全く進んでいないようだった。それどころかバンコクでとうとう「マック難民」になっているのだという。(中略)マクドナルドで関根が眠っている写真が菊地から送られてきた。カウンター席に座り、青い毛布のようなものを背中に掛け、顔をテーブルに伏せて憔悴しきった様子だ。その後ろには青いスーツケースが一個置かれ、取っ手の部分には何かが入ったビニール袋二つがくくりつけられていた。(pp.152)

居場所づくりに失敗されたのでしょうか。

つづいて女性の場合。

もはや抑制が利かないところまで自堕落な生活を送るようになった藤原。お目当てのラオス人を毎晩店から連れ出しては、10日に1度仕事を休む癖が付いた。(中略)結局、タイ移住から1年後、コールセンターを退職した。(pp.190)

そして、このかたの実のお姉さまは、

ゴーゴーボーイへ通う日々。一時期は1000万円以上あった貯金もレックとの交際から数年間で200万円を切るまでに激減していた。(中略)行きつけの店では毎回必ずシーバスリーガルのボトルを一本入れ、集まってくる男たちをはべらす。バーツ札が乱れ飛ぶ。「こんな生活日本じゃできない! だから日本に帰るつもりは一切ありません(後略)」(pp.221)

すごい弾けようでした。

以上の3名や本書に登場する他の顔ぶれに対して、わたしがどうのこうの言うべきではないでしょう。

どなたもご自分の意思でなさっていることなので。

しかし、書中、コールセンターの日本人がタイ人にご迷惑をおかけしたエピソードが複数書かれており、そういう行為は自粛していただきたいと思いました。

親日的な国家ですから、ひと握りの日本人のせいで日本嫌いになってほしくありません。

いずれにしても『だから、居場所~』はアジアの一角にこんな社会が存在しているという現実を教えてくれた作品でした。

最後に、わたしは同書を読んでいて(内容と直接的なつながりはないものの)フランスの画家で晩年ヨーロッパからタヒチに移り住んだポール・ゴーギャン(1848~1903)のことを連想しました。

金原俊輔