『江戸川乱歩と横溝正史』、中川右介著、集英社、2017年。

わたしは若かったころ、春陽文庫の江戸川乱歩(1894~1965)シリーズを読み尽くしました。

大学時代には、当時大人気だった横溝正史(1902~1981)の作品を買いあさりました。

おもに角川文庫版だったと思います。

『江戸川乱歩と横溝正史』は、そんなわたしにうってつけの本でした。

探偵小説界における大御所ふたりの信頼・友情、ライバル意識、交互のスランプ、後進たちにたいする面倒見のよさなどが、きめ細かく描かれていました。

エピソードをひとつ引用すると、横溝が岡山県で執筆活動をしていたときに、乱歩が知人を伴って横溝宅を訪ねてきます。

乱歩と横溝それぞれの日記によれば、

乱歩たち3人の客がひとつの部屋に床を並べ、横溝は隣の部屋で寝たのだが、「隣室の横溝君と頭のところだけ襖をあけて寝ながら話す。横溝君と私とは朝の5時まで話していた」。横溝も「暁の5時まで江戸川さんと話をする。」と日記に書いている。他の二人は寝ていたのだろうか。(pp.206)

非常に近しかったふたりでした。

それにしても、上掲書ではとうぜんながら乱歩・横溝の代表作がいくつも登場するのですが、わたしはかつてあれほど熱中したのに『D坂の殺人事件』『パノラマ島綺譚』または『本陣殺人事件』『悪魔の手毬唄』など、どれも題名ぐらいしか記憶しておらず、あらすじはまったく脳裏にありません。

無念でした。

中川氏(1960年生まれ)は本書ご執筆のために膨大な資料を渉猟したと想像され、その結果読みごたえがある秀作となっているので、ご苦労を感謝いたします。

氏は、

乱歩も同じで、横溝の最初期の短篇を「新青年」で読んだときの感想は綴っていない。人は、あまりにも意識すると、逆に沈黙する。(pp.50)

横溝としては、毎回原稿をもらうたびに感心し、面白いと感じ、映画にできないかと映画会社に売り込むほどだった。しかし乱歩に「面白い」と伝えなかった。(中略)男同士の付き合いは、ときに、お互いに言葉が足りないためにこういう誤解を生む。(pp.81)

以上のように、本筋から脱線しないかぎりにおいて、何かひとことつけ加える癖をおもちのようです。

わたしは肯定的に受けとめました。

癖は、本文最後の文章、さらには「あとがき」最後の文章にもあらわれ、読了後の余韻へとつながってゆきます……。

『江戸川乱歩と横溝正史』にあえて難を述べれば、いろいろな出版社の内実や興亡に関する記述が多すぎ、わたしには煩瑣と感じられました。

ところで、作家・木々高太郎(1897~1969)を語る箇所に、

本名は林髞(たかし)という。慶應義塾大学医学部に入学し、欧米とソ連に留学した。ソ連では「パブロフの犬」で知られるイワン・パブロフのもとで条件反射学を研究した。(pp.127)

この一文がありました。

パブロフ(1849~1936)は、わたしが属する行動主義心理学の始祖ともいえる学者です。

おどろきました。

これまで木々の小説に接したことはありませんでしたが、自分の先輩にあたる人物ですから、ぜひとも機会を見つけ読んでみたいと思います。

金原俊輔