『高橋是清自伝 上・下』、高橋是清著、中公文庫、2018年。

「本の値段は高い」と苦情をいう人々がいます。

『高橋是清自伝』は、上巻・下巻あわせて1960円(税別)。

これほどまでに中身が濃く、人生の指針となり得る内容を湛(たた)えたものが、税込みでも2000円ちょっとで買えるわけです。

わたしにはとうてい本代が高いとは思えません。

さて、高橋是清(1854~1936)は、国民たちから「ダルマさん」「ダルマ宰相」と慕われた政治家で、「二・二六事件」において反乱軍の銃撃を受け、死去しました。

子ども時代に疾走する馬から踏まれつつも生きのびたり、留学先のアメリカで奴隷として売られたり、帰国後は相場師をしてみたり、職がなく女性のヒモになったり、勝海舟に英語通訳をしてあげたり、ペルーの鉱山買収でダマされたり、銀行家に転身したり、内閣総理大臣に選出されたり、とにかく波乱万丈の生涯を過ごしました。

日清戦争と日露戦争そして第一次世界大戦を経験しています。

激動の時代のさなか、破天荒な人生を生きた人の回顧録が、おもしろくないはずはありません。

わたしは耽読しました。

この時も、高橋の子は運のいい子だ、幸福な子だと、皆が評判して、それがやはり子供心の私の耳に入った。そういうわけで私は子供の時から、自分は幸福者だ、運のいい者だということを深く思い込んでおった。それでどんな失敗をしても、窮地に陥っても、自分にはいつかよい運が転換してくるものだと、一心になって努力した。(上巻、pp.24)

ヒントになる言葉です。

運が良い人物には、そもそも馬に踏まれるとか奴隷になるとかの椿事は起こらないはずですが、いくらこういう突っこみを入れても、実際に彼は困難な状況を毎回跳ねかえし前進したわけですから、お言葉に説得力があります。

一般に、自叙伝は著者が隠蔽した事項があるため史料としての価値が低い、といわれます。

それはそうでしょう。

しかし、高橋はあけっぴろげな性格だったので、本書は他の自伝に比べるとややマシなほうなのではないでしょうか。

当『自伝』は、高橋が側近政治家だった上塚司(1890~1978)に口述した話を、まとめたものです。

口述終了の翌月に、本人は命を落としました。

最初の出版は1936年(千倉書房)。

中公文庫版は、1976年が初版発行で、2018年に今回の改版が出ました。

残念だったのは、わたしの場合、すでに津本陽著『生を踏んで恐れず:高橋是清の生涯』、幻冬舎文庫(2002年)を読んでしまっていたことです。

津本書は古い『高橋是清自伝』で語られた情報を忠実になぞっていたため、わたしが読んだ改版『自伝』内の情報は、津本書を通して知っていた事柄ばかりでした。

読みながら既視感をおぼえました。

しかたがないとはいえ、まずは『自伝』のほうを開くべきだったと後悔しています。

以下、余談になります。

高橋は1898年(明治31年)2月、外債募集のための海外旅行へ出発しました。

往路で、

13日の午前4時に長崎に着き迎陽亭(げいようてい)に投じた。(中略)正金銀行の支店を長崎に置くこととなり、過日支店敷地として、三菱所有の土地を買ったので、それが検分に出掛けた。(下巻、pp.117)

迎陽亭はもう存在しないのですが、むかしは長崎市を代表する料亭旅館だったようです。

小村壽太郎(1855~1911)や夏目漱石(1867~1916)の伝記を読んでいた際に、たしか伊藤博文(1841~1909)の伝記でも、長崎における彼らの宿泊先として、この屋号が登場してきました。

金原俊輔