『手塚番:神様の伴走者』、佐藤敏章著、小学館文庫、2018年。

「マンガの神様」といわれた手塚治虫(1928~1989)。

その手塚を担当していた編集者15名、手塚と親交があったマンガ家2名、以上のかたがたにインタビューをおこない、思い出を語ってもらった本です。

手塚は連載が多く、ご自身の完全欲も尋常ではなかったため、毎回まったく締め切りを守れません。

編集者はあせり、怒り、狂い、憔悴してしまう……。

そういうドラマが伝わってくる内容でした。

手塚番のご苦労については、これまで書籍やマンガなどで紹介されてきており、たくさんの人たちが既知と思います。

わたしも知っていました。

最近では、

宮崎克(原作)、吉本浩二(画)、『ブラックジャック創作秘話:手塚治虫の仕事場から』秋田書店、全5巻(2011年~2014年)

というマンガに、くわしい状況が描出されています。

本書『手塚番』においても、改めて、すさまじい大変さが述べられていました。

新井  足なんか伸ばせないんですよ。壁に寄りかかって、ひざ抱えて。当時、テレビもないですから、本を読むのも飽きちゃうし、もう何も考えないで、ボケーッとしているんですよ。それで、メシ時になると手塚さんが、「何食う?」って。「カツ丼」ってね。で、カツ丼が出前でくるわけですよ。それで、カツ丼食って、夜もずーっと、ひざ抱えたまんまで、もう馬鹿みたい。(pp.46)

石井  いやあ、予想通り遅れに遅れて、取次への搬入に間に合うかどうかさえヒヤヒヤもんでした。編集部の男手全員が泊り込みで製本の手伝いまでやったんですよ。ひどかったです。(pp.145)

松岡  各誌とも進行が押されるわけです。原稿が入らなくて減ページをしたりとか。秋田書店に壁村耐三さんっていう名物編集長がいらっしゃいまして、私が手塚プロで原稿を待ってると、夕方、まだ夕方なんですが、酔っ払って、リンゴなんかかじりながら手塚プロのドアを蹴って入ってきて、「先生はどこにいるんだ! 進行がめちゃめちゃじゃないか」って怒鳴(どな)ったんですね。その時、先生が仕事場のドアを開けて、ちらっと顔のぞかせたんです。その先生に向かってリンゴを投げたんです。バシャーッて。(pp.216)

安孫子  それで見るに見かねてね、「ちょっと、僕がやりましょうか」っていったら、手塚先生が、「えっ、やってくれる?」っておっしゃるから、「やりますよ」って軽い気持ちで引き受けたんですよ。(中略)そこからね、3日3晩手伝って(笑)。(pp.239)

こうした話がつづきます。

読みながら気づいたのは、編集者諸氏がいまでも手塚治虫を敬愛しておられること。

故人を非常になつかしんでいるご様子が窺えます。

もうひとつ、手塚治虫はすごかったし、編集者のみなさんもすごかった、かかる所懐もいだきました。

すごい能力とプロ魂の持ちぬしたちが結集して、わが国のマンガを高めてゆかれたわけです。

日本文化の一部をゼロから築きあげた面々でした。

ついには偉業を達成されました。

さて、わたしも手塚治虫の大ファンです(わたしの世代では全然めずらしいことではありません)。

小学生時代に『鉄腕アトム』の絵を描き「弟子にしてください」とお願いする手紙を「虫プロ」へ送ったところ、手塚先生から「学校を卒業したら、うちに来なさい」旨のご返事をいただきました。

おそらくスタッフのかたが代筆してくださったのでしょう。

それでも、わたしはふるえるほど感激しました。

60数年の人生における名場面のひとつです。

好きな手塚作品は多々あるものの、なぜか、あまり名作とはいえない、

『大洪水時代』角川文庫(1995年)、初出『おもしろブック』誌(1955年)

が、印象にのこっています。

金原俊輔