『精日:加速度的に日本化する中国人の群像』、古畑康雄著、講談社プラスアルファ新書、2019年。

「精日(せいにち)」とは中国語で、「精神日本人」を略したもの。

「国籍上は中国人であるけれども、精神的には日本人」、こうした意味合いを有する言葉です。

当初、日本の文化や道徳を高く評価する人々、という意味だった。(pp.156)

「日本の軍服を着た親日派の若者(pp.6)」を指すこともあります。

2018年3月、中国の全国人民代表大会において、王毅外相は記者団から「精日をどう思うか」と質問され、吐き捨てるように「中国人のクズだ」と答えました。

わたしは当該ニュースをインターネットで読み、その際に初めて同語の存在を知りました。

「台湾に多い哈日族(ハーリーズー)みたいな人たち?」程度の理解しかできませんでしたが、『精日』を読んでみると、哈日族と精日はたしかに中身が重なる概念であるいっぽう、哈日族の場合はしばしば日本への好意が日本旅行に結実し、精日のほうは概して中国国内で日本文化を享受しつつ自分を「日本国民だと思って(pp.35)」いる人々であるようです。

大陸の精日諸氏は多様で、

「日本は第2の故郷」と考える人もいれば、「日本こそ精神的祖国」と言い切る人もいます。(中略)
自分を日本人と同一視して共産党政権下の中国への帰属意識を持たない「ハードな精日」や、アニメ、スポーツ、ライフスタイルなどの点で日本に親近感を持つ「マイルドな精日(後略)」(pp.73)

如上の広がりを見せている由。

それでは、彼らは日本のどんな点が好きなのか。

著者(1966年生まれ)の質問にたいして、ある女性は、

正直や善良という感覚を私に与えてくれます。そして日本人と友人となるのも好きです。「ドラえもん」を作り出した人々、可愛らしさにあふれた国の人々、人を喜んでもてなす人々に、愛情を感じないということがあるでしょうか?
私にとって最も貴重であり、日本が大好きな理由は、その自由と文明であり、中国人は「文明の天井」「アジアの光」と言います。これは同じ東洋人の自分としても誇りに思います。(pp.89)

こう回答しました。

別の男性は、

かつての武士の文化に非常に興味があります。
現代日本の優れた点は、平和憲法のもとアジアで唯一の先進国となったことです。高いレベルの所得と社会福祉を維持し、素晴らしい環境と昔からの文化を守っているため、多くの人が日本を訪れ、その風土や人情を味わっています。日本社会の雰囲気も礼儀を重んじるというもの。公共の秩序の面で日本は、世界に比べる国がありません。(pp.112)

どちらも激賞です。

そうしたなか、

2018年2月、2人の男性が日本軍の軍服を着て、江蘇省南京市の紫金山にある抗日守備軍トーチカの前で記念撮影を行った。このことが微博(ウェイボー)で明らかになると、ネットで批判の声が高まり、22日、四川省と南京市に住むこの2人が逮捕され、行政拘留処分を受けた。(pp.29)

深刻な状況も生起しだしている模様です。

書内では、いわゆる「南京大虐殺」が捏造または誇張ではないかという(中国人側からの)指摘、日本のサブカルチャー崇拝、日本サッカーへの敬意、さまざまな話題が語られました。

赤信号のときじっと待つ日本人のマナーに関し、数回、精日の皆さんが肯定的な発言をしています。

読み進むほどに興趣が募る一冊でした。

ところで、なぜ精日なる現象が生じたのか。

著者は理由をふたつお考えです。

第一は、「虚心坦懐(きょしんたんかい)に日本人の優秀な精神を学ぶ必要(pp.170)」があったため、他の表現をすれば「文明的で礼儀正しく、資質が高く、生活のクオリティを大切にする人になりたい(pp.165)」ためです。

第二は、

「私は中国人だが、共産党政権は私たちを代表していない、そして彼らが統治する中国は私の国ではない、あなたの国だ」という、「NO」の表明なのです。(pp.59)

きっとその通りなのだろうと思います。

わたしとしてはもうひとつ、中国が軍備・GDPなどで世界の大国となった現在、国民に自信が備わり、外国文化に夢中になる心のゆとりが出てきたのではないか、こんな流れも想像しました。

なお、本コラムの冒頭に登場していただいた王外相(1953年生まれ)は、中国の大学で日本語を専攻され、東京の学習院大学へ留学もなさいました。

いわば「精日の走り」的な人物です。

そういう彼が当節の精日たちを「クズ」と酷評したのは、酷評しなければ、おそらく中国政界におけるご自分のお立場が危うくなるからであり、あんがい胸奥では認めていらっしゃるのかもしれません。

金原俊輔