『シャーロック・ホームズ入門百科』、小林司、東山あかね共著、河出文庫、2019年。

ミステリー作品として長いあいだ世界最高峰の人気を誇っているコナン・ドイル著『シャーロック・ホームズ』シリーズ。

何度読んでも飽きません。

熱烈なホームズ愛好家であり、ホームズの実在を信じて疑わない人々を「シャーロキアン」と呼びます。

上掲書は、非常にシャーロキアンなお二人が薀蓄(うんちく)を傾けて書かれた、渾身の一冊でした。

タイトル内に「入門」の語が含まれてはいますが、入門のレベルをはるかに超えた濃い内容です。

わたしだってホームズ・ファンではあります。

しかし、本書の中身はわたしがぜんぜん知らなかった話題だらけで、たとえばイギリスでは、

オックスフォードとケンブリッジの両大学は、我が大学こそホームズの出身校であるといって互いに譲らないライヴァルであるが、どちらにも決定的な証拠がない。
双方、英国の超名門校で、両大学とも卒業生にシャーロキアンが多く、決着はなかなかつかないようだ。(pp.41)

の由。

嫌味をいわせていただくと、大学の卒業生名簿を調べれば簡単に決着がつく問題ではないか、と思われます。

ただ、どちらの大学の名簿にもなぜかホームズの名前はないでしょうし、そのときシャーロキアン諸氏は「宿敵モリアーティ教授が名簿を盗んだかホームズの名を消したに違いない」「第二次世界大戦中のロンドン大空襲の際に焼けてしまったのだろう」などといった反論をならべて、けっきょく決着はつかないだろうと想像されます……。

おもしろい本でした。

『シャーロック・ホームズ入門百科』で紹介された情報により、イギリス国民たちがシャーロック・ホームズを自国の歴史・文化に組みこみ楽しんでいる様子が窺え、読者はのどかで豊かな気分になれます。

わたしは「この現象は何かに似ている」と感じ、そして思い当たったのが、昨今の日本におけるサブカルチャーでした。

わが国のサブカル・マニアもまた物語の登場人物を現実の存在と見なしている面があり、これはシャーロキアンたちの伝統的な傾向に重なっているのではないでしょうか。

日本では、

アニメの舞台を巡ることを「聖地巡礼」と言うのだそうだが、そのことばが流行(はや)るずっと前からスイスのライヘンバッハ滝への旅は「聖地巡礼(pilgrimage)」と称されていて、ロンドン・シャーロック・ホームズ会とスイス政府観光局の主催ですでに1968年に第1回が催行されている。(pp.44)

聖地巡礼という表現までもが期せずして一致したようでした。

ところで、『入門百科』において残念だったのは、いわゆる「バリツ」に関する考察がじゅうぶんでなかったことです。

ホームズは既述のモリアーティ教授と闘った際に、日本の護身術バリツを身につけていたおかげで、九死に一生を得ました。

本当に良かったです。

それ以降、日本ファンのあいだでバリツがどんな護身術だったのか、侃侃諤諤(かんかんがくがく)の議論がなされました。

いまの時点で有力なのは「柔術の聞き間違いではなかったか」という説です。

そうなのかもしれません。

わたしの考えはこうです。

ホームズにもユダヤ系の血がまじっていると唱えた研究者がいる。(pp.125)

ホームズが生きた19世紀末から20世紀初頭にかけてのヨーロッパでは「ユダヤ人」という言葉は注意して用いられるべきものだったはず。

それはホームズ自身の日常にもおよんでいたと想像されます。

状況証拠のひとつとして、ホームズ周囲の関係者たちは、彼のことを(ユダヤ人を連想させる)シャーロックという名前では呼ばず、かならず姓のほうで「ホームズ」「ホームズさん」と呼んでいました。

おそらく気をつかっていたのでしょう。

柔術の「柔(じゅう)」は、英語では「ユダヤ人」を意味する、どちらかというと蔑称にちかい、よろしくない語の発音と同じです。

そこで、ホームズに柔術を教えた師匠(むろん日本人)は、柔術ではなく「武術」という名称を採用した。

そうしたところ、なにしろ日本語の発音は英国人にとって馴染みが薄かったため、ホームズには武術がバリツに聞こえてしまった。

わたしは書斎のひじかけ椅子に深く身を沈め、刻みタバコを詰めたパイプをくゆらし、マントルピースを物憂く眺めながら、このように推理したのです。

金原俊輔