最近読んだ本719:『リチャード・ブローティガン』、藤本和子 著、ちくま文庫、2025年
著者の藤本和子氏(1939年生まれ)は、米国作家リチャード・ブローティガン(1935~1984)の詩や小説を数多く和訳なさった翻訳家です。
ブローティガン本人との交友すらおありでした。
上掲書はブローティガンの評伝かつ作品解説。
当方、ブローティガンに関する予備知識がなく、彼の著作を読んだことも皆無です。
では、なぜ『リチャード・ブローティガン』書を手に取ったかというと、
『本当の翻訳の話をしよう』、村上春樹、柴田元幸 共著、新潮文庫、2021年 「最近読んだ本456」
柴田 藤本さんの翻訳についてお話しさせてください。リチャード・ブローティガンの翻訳は、村上さんは以前から読んでらっしゃいましたよね。(中略)
村上 藤本さんの翻訳で読んで興味を持って、それで原文を手に取ってみたという感じですね。(中略)藤本さんの翻訳したブローティガンは、一種の、ガイディング・ライト(導きの光)のようなものでした。(村上・柴田 書、P. 180)
対談者おふたりが(ブローティガンと同等に)藤本氏を賞賛していた件をぼんやり覚えていたからです。
さて、リチャード・ブローティガンはオレゴン州ユージーン市で親の愛情に恵まれない子ども時代を過ごし、20代に入ってカリフォルニア州サンフランシスコ市へ移った以降も種々の困難を経験しました。
しだいに散文が評価されだしたとはいえ、彼の名声はさほど高まらず長続きもしなかった模様です。
もともと「死のイメージや、死に対する想念(P. 12)」を有していた彼は、1984年10月、カリフォルニア州マリン郡の自宅で、ピストルによる自死を遂げました。
生前、日本に親近感を抱いていたらしく、来日は複数回にわたった由。
「詩集『東京日記』(P. 77)」、短編集「『東京モンタナ急行』(P. 253)」、などが知られているそうです。
ここで『リチャード・ブローティガン』書の特徴を述べますと、際立っていたのは藤本氏の筆致。
哀調を帯びた文章が連綿と記されていました。
同氏はブローティガンの他界を切に惜しんでいらっしゃるご様子です。
では、本書読了後、わたしがブローティガンを読みたくなったかといえば、
シュールレアリズムの範疇に分類されるとする批評がめだつ。(P. 207)
シュールレアリズムが苦手で……。
たぶん安部公房(1924~1993)作品に漂っているような雰囲気なのでしょう(わたしは安部公房も苦手でした)。
わが好き嫌いはどうあれ、ブローティガンはシュールな味わいを求める読者の心を共振させる何かをもった書き手だったのだろう、と想像します。
以上、『リチャード・ブローティガン』は、藤本氏の追想と考察が細やかな読物でした。
話を変えます。
わたしは文筆家を題材とした本書のような評伝をあまりたくさんは読んできていません。
しかし、印象的だった作品がありはしますので、それらのうち10冊を選び、紹介いたします。
日本人作家・俳人・エッセイストを対象としたものに絞って、発行年が古い順に並べました。
すでに当コラムで評した伝記類は除外しています。
第1位 『漱石の思い出』、夏目鏡子 著、角川文庫、1966年
第2位 『夏目漱石』、江藤淳 著、講談社、1968年
第3位 『鷗外:闘う家長』、山崎正和 著、河出書房新社、1972年
第4位 『海も暮れきる』、吉村昭 著、講談社、1980年
第5位 『人間 太宰治』、山岸外史 著、ちくま文庫、1989年
第6位 『志賀直哉 上・下』、阿川弘之 著、新潮文庫、1997年
第7位 『星新一:1001話をつくった人』、最相葉月 著、新潮社、2007年
第8位 『吉村昭』、川西政明 著、河出書房新社、2008年
第9位 『久米正雄伝:微苦笑の人』、小谷野敦 著、中央公論新社、2011年
第10位 『評伝 ナンシー関:「心に一人のナンシーを」』、横田増生 著、朝日文庫、2014年
第2位に置いている本を読んだとき、わたしは「20数歳だった若者がこれを書いたのか!」と感嘆しました。
ただし、その若者、江藤淳(1932~1999)が年齢を重ねたのちに上梓した、
『漱石とその時代 1~5』、江藤淳 著、新潮選書、1970年~1999年
は、佳作とは言えないと思います。
第4位の『海も暮れきる』。
表題に名前がふくまれていませんが、俳人の尾崎放哉(おざき・ほうさい、1885~1926)が主人公です。
金原俊輔

