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『聞き書 緒方貞子回顧録』、野林健、納家政嗣編、岩波現代文庫、2020年。
偉業を成しとげた同時代の偉人の偉大なる人生を観望し、自己嫌悪や劣等感にじっくり浸りたい向きには、格好の書籍です。
緒方貞子(1927~2019)。
多方面にて各種業績を積まれたため生前のお仕事を一語では表せませんが、あまねく知られているのは「国連難民高等弁務官(UNHCR)」でいらしたこと。
地球上あちこちの紛争地域に赴き、介入されました。
国連難民高等弁務官事務所は、
年間予算は約5億ドル、職員は約2500人でした(後略)。(pp.138)
大組織だったみたいです。
『緒方貞子回顧録』は、そんなすごい組織を率いていた人物の幼少期から引退(2014年ぐらい)までの諸活動に関し、ふたりの編者が質問して、ひとつひとつご本人に回答していただく、という仕様でした。
価値あるお話が引きも切らず語られます。
たとえば日本の外交は、
状況を変えるという発想ではなくて、状況がこうなったからどうするか、という発想なのです。(中略)
日本は考えている以上に大きな国なのです。実利一辺倒では、状況を動かす外交にはならないのではありませんか。(pp.84)
わたしは緊要なご指摘と感じました。
つづいて、全盛期の緒方は各国首脳や国連の指導者らと「サシ」で意見交換をおこなえるほどの名士で、1990年代、アフリカのルワンダ難民問題が生じた折には、アメリカ合衆国の、
クリントン大統領は各国に支援を呼びかける手紙を書いたり、アピールを出したりして、ずいぶん助けてくれました。(中略)
ルワンダ新政府を訪ね、パストゥール・ビジムング大統領や首相、ポール・カガメ副大統領と会見しました。(pp.204)
それだけの存在感があったのでしょう。
だからなのだろうと想像しますが、
実は私は以前に外務大臣になってほしいという話を二度お断りしていたのです。一度は小渕恵三総理からです。(中略)
もう一度は小泉純一郎総理のときでした。(pp.286)
おどろきの情報でした。
彼女ほどのかたが外務大臣に就任してくださっていたら、類を見ない国益となっていたでしょうに。
先のルワンダでは、1994年、日本の自衛隊が出向いて平和維持活動をおこないました。
本当に誇らしく思いました。日本人の私が指揮を取っているのに、日本から誰も支援に来なかったらどんなに寂しい思いをしたことでしょうか。(中略)
規律ある活動をしてくれまして、現地の人々からもたいへん感謝されました。(pp.207)
邦人としての誇りをかみしめておられました。
末尾になります。
緒方はその後、2003年から、日本の「JICA(独立行政法人国際協力機構)」理事長をお務めになり、諸外国開発援助を主導されました。
組織統合によって、JICAは世界銀行に次ぐレベルの事業規模を持つことになりました。(中略)
人々の格差やひずみを小さくし、より多くの人々に開発の果実を共有してもらえるようにすること、それがJICAの目指す考え方でした。私のJICA時代の最も大きな功績として残ったことは、大きな喜びです。(pp.307)
お仕事をおこなう際に、困難であっても真心とエネルギーをもって遂行、しかも、そのお仕事の成果が世界の一隅を照らし海外から高い評価を受ける……。
つくづく景仰すべき存在です。
まさに国家の柱石でした。
ところで、緒方貞子にかぎらず、わが国の近現代史にはときどきこうした素晴らしい逸足が登場します。
ちょっと考えただけでも、
松江豊寿(1872~1956)
八田與一(1886~1942)
前田精(1898~1977)
杉原千畝(1900~1986)
小山内美江子(1930年生まれ)
大村智(1935年生まれ)
中村哲(1946~2019)
などのお名前が私の脳裏に浮かんできました。
生年・没年は不詳ながら、津村諭吉も。
以上は日本国民が自慢して構わない面々でしょう。
金原俊輔