最近読んだ本376
『理系。』、川村元気著、文春文庫、2020年。
理数系の教科が苦手だった著者(1979年生まれ)が「理系と文系の融合(pp.6)」をめざし「理系人(pp.7)」全15名とおこなった対談の収録集です。
呼称は理系人でしたが、科学・技術分野における有識者の面々だけでなく、ゲームプロデューサーやベンチャー企業の起業家も含まれていました。
対談のホスト役であり本書の著者である川村氏は、上智大学文学部新聞学科ご卒業。
たしかに堅固な「文系」でいらっしゃるのでしょう。
川村 「未知との遭遇」というのが裏テーマなんです(笑)。僕は数学とか物理とかが苦手で、昔から理系コンプレックスがあって。(pp.33)
コンプレックスのせいなのかもしれません、『理系。』ところどころで、お話の相手に少しく遠慮なさっているような印象を受けました。
たとえば、任天堂代表取締役フェロー・宮本茂氏(1952年生まれ)と語り合われたあと、
『ドンキーコング』『スーパーマリオ』『ゼルダの伝説』から『ピクミン』まで、宮本茂は天才的な発想力で京都から世界へとゲームを発信し続けてきた。(中略)
アーティストだった宮本茂はプログラムを学び、技術者を説得し、時にちゃぶ台をひっくり返しながら「面白くて気持ちのいいゲーム」を作り世界を驚かせてきた。(pp.95)
絶賛されています。
わが国からそんな逸材が登場した事実に、わたしとて誇らしさをおぼえます。
しかし、宮本氏には今や全世界で蔓延している「ゲーム依存症」に責任の一端があるわけです。
川村氏がその角度からの意見表出をなさらなかったのは、カウンセリングでゲーム依存症の児童生徒および大人たちと幾度も向きあい、ゲーム製作者らに立腹している当方にしてみれば、不十分でした。
おそらく世界中の親ごさんや学校教師も同意してくれるでしょう。
もちろん、コンプレックスが関与した遠慮ばかりではなく、ホストとしてゲストを困らせるコメントを発しにくい状況があったことは想像できます……。
つぎの文章は、米国マサチューセッツ工科大学メディアラボ所長だった伊藤穣一氏(1966年生まれ)を迎えたときのやりとり。
話題は同メディアラボのスポンサーについてでした。
伊藤 スポンサーは今86社、予算は70億円くらいかな。特徴的なのはスポンサーには東京大学の先端科学技術研究センターとか普通の大学とかもあって、研究を受託されて、結果は必ず分配する。
川村 スポンサーも多岐にわたるんですね。(pp.307)
2015年12月の会話です。
そして2019年、複数の少女にたいする性的虐待・買春で有罪を宣告されたジェフリー・エプスタイン(1953~2019)もラボのスポンサーだった件が判明し、伊藤氏は所長を辞任せざるを得なくなりました。
対談を進める側としての川村氏に何ら落ち度はなかったものの、いっそう突っこんだご質問をなさっていたら、あるいは上記騒動の影がほのめいたかもしれません。
最後に、わたしが嬉しく感じたのは、人工知能「ディープラーニング」。
松尾 「ディープラーニング」と「強化学習」を組み合わせて、ブロック崩しなどのゲームをプレイするプログラムを作った。強化学習とはスコアを報酬と考えて、それを得られるような動きを学習させることを指しますが、結果、プレイをしながらゲームのコツをつかんで自動的にハイスコアを出すことに成功しました。
川村 人間の子どもが自発的に何かに気づいて学習していく過程と、ほとんど一緒じゃないですか。
松尾 これまでも強化学習を使うことで人工知能はどんどん発達してきたんです。(pp.121)
強化学習とは「行動主義心理学」オペラント条件づけの専門用語です。
わたしは人工知能発達のためにオペラント条件づけの知見が必須と考えており、かつて本コラム書評でもそう書きました。
予想どおりでしたし、予想を超え、すでに応用が進展している模様です。
なお、この予想については、けっしてわたしが慧眼だったのではなく、行動主義心理学者なら誰だって容易に思いつく事柄にしか過ぎません。
金原俊輔