最近読んだ本591:『亜宗教:オカルト、スピリチュアル、疑似科学から陰謀論まで』、中村圭志 著、インターナショナル新書、2023年
上掲書のサブタイトルを目にしたとき、わたしは「一冊でこれほど幅広い話題を網羅するのは無理だろう」と感じました。
ところが、読んでみれば、きっちり網羅しているではないですか!
しかも「この箇所で心理学のあの知見を書き込んだら、中身がいっそう濃くなるはず」と思ったとたん、心理学のその知見が書き込まれ、「こういうテーマのときには『ソーカル事件』にも触れてほしいな」と願うや、ソーカル事件の顛末が紹介されており……。
わたしは著者(1958年生まれ)を全く存じあげていなかったのですが、ご専門を超え博学多才なかたみたいです。
東京大学大学院博士課程で宗教学と宗教史学を学ばれ、2023年現在、昭和女子大学にて非常勤講師をなさっている由。
メインタイトルの「亜宗教」は、中村氏がおつくりになった言葉で、
宗教によく似ているが、伝統的な意味での宗教そのものではないような現象あるいは言説のことだ。(pp.9)
引用文につづき「伝統的な意味での宗教」の定義を明記していらっしゃるため、たとえ氏が独自造語を用いながら話をお進めになっても、読者は混乱しません。
そして氏は、否定的な視線を根底に置き、オカルト、カルト、スピリチュアリズム、疑似科学、エセ科学、陰謀論、などの歴史や実態を語られました。
あまつさえ、補章「伝統宗教のマジカル思考(pp.108)」では、伝統宗教にすら疑問を投げかけておられます(当然でしょう)。
展開に間然するところがなく、学術上の手続きもしっかり踏んでいる、良書でした。
行動主義心理学者であり、名目だけカトリック信者であるわたしは、
(1)疑似科学だのエセ科学だのオカルトだのカルトだのが嫌い
(2)フロイドあるいはユングの言説は疑似科学もしくはエセ科学だから評価しない
(3)伝統宗教への敬意を失いつつある
以上の傾向を有しています。
そういう当方ですので『亜宗教』はドンピシャの一冊。
深い満足がともなう読書をさせていただきました。
欲を言えば、中村氏が書中あちこちでフロイド批判・ユング批判をなさったことは、わたしにとって「おっ、他分野からの援護射撃、嬉しい」だったものの、臨床心理学の領域では、フロイドの精神分析療法やユング派の箱庭療法に加え、来談者中心療法、MRI式アプローチ、ゲシュタルト療法といった、根拠に乏しく、効果もさして期待できない、怪しげな心理療法が多々蠢(うごめ)いており、そんな惨状に対する言及もほしかったです。
前の行であげた各種心理療法は、非科学・疑似科学・エセ科学の要件を満たし、カルト・オカルトにも近接していて、ここで来談者中心療法を引き合いに出すと、
畠瀬直子・畠瀬稔・村山正治 編『カール・ロジャーズとともに:カール&ナタリー・ロジャーズ来日ワークショップの記録』、創元社(1986年)
この本の編者たち寄稿者たちが米国人心理学者カール・ロジャーズ(1902~1987)の科学的裏づけが弱い主張を無批判に受け入れ感激している姿は、ロジャーズを奉っているカルト集団にしか見えず、とうてい学問の世界に身を置く人々の望ましいありかたとは思えません。
既述トンデモ心理療法類(つまり亜宗教)は臨床心理学(つまり自然科学)の発展を阻害してきたと断じざるを得ないです。
しかし、中村氏はもっと大局を睨まれ、
亜宗教が人類の知恵の発展に積極的に寄与することは概ねないと言えるだろうが、しかし、人類思想史の裏面を教えてくれるという意味で、貴重な情報アーカイブとなっているのである。(pp.12)
こう述べられました。
冷徹で妥当なご意見と考えます。
金原俊輔