最近読んだ本490:『世界史の分岐点:激変する新世界秩序の読み方』、橋爪大三郎、佐藤優 共著、SB新書、2022年
橋爪氏(1948年生まれ)はおもに学界で、佐藤氏(1960年生まれ)はおもに出版界で、それぞれ活躍していらっしゃる知識人。
『世界史の分岐点』は両者の対談をまとめた読物でした。
橋爪氏の「まえがき」によれば、
とりあげるトピックは4つ。経済、科学技術、軍事、文明、だ。どの分野も近い将来、激動と言うべき大きな変化が起こる。(pp.5)
そして全ページ、近未来を見据えるにあたって有益な情報がひしめき、読了した今、わたしのなかで諸々の感想が蠢(うごめ)いている状態です。
本コラムでは、ひとつの話題を選び、当該話題に関連する史実や意見を書かせていただきます。
以下、佐藤氏が紹介されたエピソード。
2021年4月、地球の気候変動を憂慮する東京都の女子高校生が抗議デモに参加するため学校を休む決心をし、休む理由を担任教師に伝えたところ、教師は、
一人の人間としては応援したいが、教師としては授業を欠席するのを応援できない(pp.90)
と答えたそうです。
佐藤氏は生徒の判断も教師の発言も批判なさいました。
自分たちの生命、人生に関わる問題に関心を持つな、声を上げるなということではありません。いてもたってもいられないというのも理解できる。しかし高校生の仕事は勉強をすることであって、活動家になりたいのならば学校をやめて政治に専心すればいい。
放課後にやることは個人の判断ですが、生徒が学校を休むというのはいけません。教師は、こんなどっちつかずのことではなく、はっきり言わなくてはいけないんです。(pp.91)
明快なコメントです。
橋爪氏も「おっしゃるとおりです。急ぐ気持もわかるが、これは急ぐ話ではない(pp.91)」、こう賛成されました。
おふたりのやりとりで当方が「すこし似ているな」と連想したのは、福沢諭吉(1835~1901)の逸話です。
1868年(慶応4年)、旧幕府軍である彰義隊が上野に集結して新政府軍と激突、「上野戦争」が始まりました。
銃声・砲音が聞こえてくるせいで慶応義塾の塾生たちは浮足立ち、講義に没頭できません。
『福翁自伝』、福沢諭吉 著、岩波文庫(1978年)
から引用すると、そのとき経済学を教えていた福沢は、
「慶応義塾は日本の洋学のためには(中略)世の中に如何(いか)なる騒動があっても変乱があっても未だ曾(かつ)て洋学の命脈を断(た)やしたことはないぞよ、慶応義塾は一日も休業したことはない、この塾のあらん限り大日本は世界の文明国である、世間に頓着するな」と申して、大勢の少年を励ましたことがあります。(福沢書、pp.203)
『世界史~』の著者たちと福沢が共有しているのは、若者には何よりも教育が大事、という価値観でしょう。
時勢に動じてはならず、いつか時勢を変転させる力を身につけるため今は勉強に励むべき……。
苔(こけ)が生え、変哲もない価値観なので、現代社会において人々の耳目を集めにくいかもしれないものの、実は、若者の人生を左右する、巨視的には文明の根本にも影響をおよぼす、緊要な価値観といえるのではないでしょうか。
橋爪氏と佐藤氏が直截に教育の意義を唱えられたのは至当だったと思います。
金原俊輔