最近読んだ本514:『編集とは何か。』、奥野武範 著、星海社新書、2022年

この非常識なほどぶあつい新書(後略)。(pp.3)

こんな文章で始まる上掲書は、全733ページ、たしかに分厚い本です。

ウェブ新聞編集者の奥野氏(1976年生まれ)が、男女あわせて17人の著名編集者にインタビューをおこない、含蓄に富むご意見を語っていただく、という趣向でした。

みなさまが活躍されているジャンルは、デザイン、絵本、マンガ、医療福祉、ファッション、新書、文芸、写真、プロレス、など。

どなたも強いモチベーションのもと、高度な能力を存分に発揮し、業務を遂行していらっしゃいました。

たとえば、中公新書の編集委員・白戸直人氏(1966年生まれ)の場合、

白戸  新しい史料の発見や解釈によって、対象の評価は変わっていきますから。よく例に挙げますが、サントリー学芸賞をもらった瀧井一博さんの『伊藤博文』などが典型的です。それまで、伊藤博文って「極悪非道の韓国併合推進論者」だと見なされていたんですね。(中略)
植民地化には、実際には「積極的ではなかった」と。実像が変わる。(pp.364)

お仕事を通じ伊藤博文(1841~1909)の再評価に寄与されたのです。

マンガ編集者をなさっている小学館の金城小百合氏(1983年生まれ)。

金城  はい、漫画の編集者をやっている以上、わたしの役割は「ヒット作を出します」だと思います。漫画家さんと仲良く話して信頼を築いて、いい作品を描いてもらう。だから、それ以外の苦手なことととかも、たくさんあるんですけど、その代わり、わたしは、「ヒット作を出します」をがんばります。(pp.269)

ご自分の役割に惑(まど)いがありません。

すべてのかたが出版に関わることに満足なさっているご様子でした。

ところで、写真集の編集者・姫野希美氏(1966年生まれ)は、早稲田大学大学院在籍中に中国の上海市へ行かれ、

姫野  大勢の人たちが、どこへ行くのか、リヤカーで物資や家財道具を運んでる、みたいな雰囲気だったんです。で、上海の人の顔にびっくり仰天して。(中略)
とくに、出稼ぎの人たちの顔。何ていうか「隙間のない顔」をしてた。(中略)
「いま、息をしてる」というか、「生きていること」に隙間がない。いま動いている、いまごはん食べてる、いま、仕事をしている……。「生きている」ってことと、隙間なくピタッとしているような顔で。(pp.511)

わたし自身、中国や東南アジア諸国へ出張したり観光旅行したりした際に、うっすら、ぼんやり、土地の人々から似たような印象を受けました。

しかし、姫野氏のごとき的確な表現力を持ち合わせておらず、今回、氏が述べられた上記の言葉で「あっ、自分が思ったのはこれだ」と気づかされました。

脱帽です。

以上、本書は、知的生活を充実させたい読者に、ビジネスに携わる姿勢を向上させたい読者にも、役立つ内容でした。

されど……。

恐縮ですが、当方が最も楽しんだのは、主人公である辣腕編集者たちのお話ではなく、4度にわたり挿入されていたコラム『VOWのこと』。

『VOW』とは、1980年前後~2010年代、宝島社が発行していた読者参加型の投稿雑誌で、間抜けていて笑える社会のありとあらゆる珍事が掲載されていました。

わたしは同誌を好み、何冊も(たぶん10冊以上)購入しつづけたほどです。

『編集とは何か。』には『VOW』総本部長だった古矢徹氏(1958年生まれ)および担当編集者だった薮下秀樹氏(1960年生まれ)が登場され、愉快な思い出話にふけりつつ、むかしの記事や写真を提供してくださいました。

ひさかたぶりに噴き出させていただき、所蔵していた『VOW』をのこらず処分してしまった愚行を後悔しました。

金原俊輔