最近読んだ本548:『オレンジ色の悪魔は 教えずに育てる:やる気と可能性を120%引き出す奇跡の指導法』、田中宏幸 著、ダイヤモンド社、2021年

「オレンジ色の悪魔」とは、マーチングの強豪・京都橘高等学校吹奏楽部につけられた愛称です。

名称は(中略)いつ誰が付けたのかは不詳とされています。(pp.223)

オレンジ色ユニフォーム姿の部員たちが非常に完成度の高いパフォーマンスを披露するので、コンテストで競わなければならない相手チームの目にはまるで悪魔みたいに映ってしまい、それでこうした異名をとるようになったのでしょう。

だれもが容易に想像できる経緯ですが、謙虚な田中宏幸氏(1958年生まれ)は、あえて上記を説明なさいませんでした。

田中氏は部の顧問だったかたです。

さて、わたしは数年前に、偶然『YouTube』で京都橘高吹奏楽部のことを知りました。

行進しつつ演奏し、ダンスもする、そして笑顔を絶やさない、そんな彼女たちを視聴するたび癒され、清々しい気分になり、元気すらいただいて、いまでも時おり観ています。

マーチング自体は日本で創始されたものではなく「トルコやヨーロッパの軍隊や鼓笛隊が行進しながら演奏していたのがルーツ(pp.23)」らしいです。

京都橘がこれにダンスを加えた結果、わが国における独自進化が始まりました。

きっかけは、2005年、同校マーチング・コーチだった横山弘文氏のご提案。

横山先生が持ってきた1枚のDVDです。
アメリカ発のダンス・パフォーマンス『バーン・ザ・フロア』。「シング・シング・シング」をはじめとするスウィング・ジャズのスタンダードナンバーに合わせて、きらびやかな衣装を着た十数名の男女のダンサーが、激しく、そして華やかに踊っていました。(中略)
「この『バーン・ザ・フロア』を、楽器を演奏しながらできひんか?」(pp.90)

当時の生徒たちは仰天したそうですが、「どうやったらそれを実現できるか(pp.91)」を模索、あれこれ試行錯誤しながら、ついに演奏・演技をマスターして「笑顔のまま、跳ねる! 踊る! 吹きまくる!(pp.109)」高校生バンドへと成長、「国内外に熱狂的なファン(pp.5)」をもつほどになったのです。

こんなやる気にあふれる部を率いた田中氏は『オレンジ色の悪魔は~』のなかで、幾度も「弱弱指導法(pp.6)」について語られました。

弱い人(子ども)が弱い人(子ども)を教えるという、言ってみれば「教えない指導法の進化形」です。
私が口も手も出さなくても、生徒が生徒を教え、お互いに引っ張り上げ、最終的にはチームとして最強になる。(pp.7)

というやりかたです。

上掲書タイトルどおりの「教えずに育てる」方法……、開発した田中氏がすごいだけでなく、同氏の指導にこたえた歴代の部員もすごい。

あちこちのページで彼女たちにまつわる感動エピソードが紹介され、とりわけ氏が学校を定年退職なさる際の皆の送別には目頭が熱くなります。

教師は女子生徒にどう接するべきか、のみならず、女性社員が多い職場で管理職者が注意しなければならない言動は何なのかに関しても、参考となるご意見が書かれていました。

中身の応用が変通自在な本です。

最後に、書評から脱線させてください。

京都橘高等学校吹奏楽部の、

演奏しながら走り、飛び跳ね、踊る様子は、「これはスポーツだ!」(後略)。(pp.5)

「この子たちは演奏家じゃなくてアスリートだ」(pp.9)

現在、日本の部活動は大きく運動系・文化系に二分され、競技や発表はこの区分の範囲内で実施されていて、たとえば高校の場合ですと、頂点に「全国高等学校総合体育大会」および「全国高等学校総合文化祭」が位置しています。

けれども、マーチングは文化部の一端とはいえ、引用文をまつまでもなくスポーツ性が濃厚ですし、スポーツに近い文化系の活動は他にもあって、バトントワリング、競技かるた、ハンドベル、などが該当するでしょう。

いっぽう、スポーツ側にも芸術的色彩が豊かな、新体操、アーティスティック・スイミング、フィギュアスケート、ブレイクダンス、等々があります。

そうしたものを運動部や文化部の括(くく)りから離し、運動部ではない、文化部でもない、新たな第3の括りを設け、そこに組み入れる、むろん「高総体」「総文祭」に匹敵する催しもひらく、というのはいかがでしょうか?

金原俊輔