最近読んだ本568:『人口で語る世界史』、ポール・モーランド 著、文春文庫、2023年
著者モーランド氏(生年不明)は英国のロンドン大学で教鞭をとっていらっしゃる人口学者です。
専門知識を駆使し、上掲書において、人口がどれほど国の政治・経済・戦力に影響をおよぼすか、人口がどれほど世界史に影響をおよぼすか、を解説なさいました。
人口学を無視すれば、世界の過去200年の歴史についての最も重要な説明要因を見逃すことになる。(pp.20)
このように、ご自身が拠(よ)って立つ学問への堅固な信頼を吐露しつつ、話を進められています。
人口の多寡と国情が相関関係または因果関係にあることぐらいは門外漢のわたしですら見当がつきますが、史実や具体例を交えた論考でしたので、説得力があります。
日本を含め世界の多くの国家が考察の対象となりました。
たとえば、日本の「出生率が低く高齢化する(pp.301)」現状が指摘されており、これはだれもが知っている事実とはいえ、『人口で語る世界史』の主張を勘案しながら本邦の行く末を想像すると暗澹たる気分になります……。
ところで、人口の増加は、一定の人口がより多い人口につながるといった雪だるま式のものなどではなく、さまざまな要因を受け紆余曲折するそうです。
その例として、アメリカ合衆国で起こった「ベビーブーム(pp.196)」が取りあげられました。
1945年から(中略)戦争が終わり、帰還してきたアメリカのGIたちが、家を手に入れて花嫁を迎え、家族をつくりたいと考えた。(中略)
1930年代後半の総出生数は、全米で200万を少し超えるくらいだったが、1950年代にはその倍になっていた。(pp.201)
にもかかわらず、
ベビーブーム世代の女性は、すぐに結婚して母になるよりも、高度な教育を受けて職業を持つことを望むのがふつうになった。(中略)
USの20代前半の全女性のうち、大学教育を受けた人の比率は、1960年代から1990年代の間に20パーセントから60パーセントまで上昇した。(中略)
そう、ベビーブーマーは、自分たちのベビーブームを生みだそうとはしなかったのだ。(pp.209)
上記「ベビーブーマー」とはベビーブームのころに誕生した人々を意味する言葉で、つまり、多く生まれた者たちがかならずしも多くを生む流れとはならなかったのです。
わが国のいわゆる団塊の世代の動きもほぼ同様だったと見て良いでしょう。
では、ここで、本書の読後感をふたつ書きます。
まず、ひとつめ。
ポール・モーランド氏とおなじく人口学者であるフランスのエマニュエル・トッド氏(1951年生まれ)は、かつて「抑圧コスト」なる概念を提唱しました。
抑圧体制にある国では国民を抑圧するための経費がかかり、その費用が国民総生産の10パーセントを超えるようになると国家財政を揺るがして体制の崩壊を招いてしまう、大意こうした内容の考えかたです。
そして『人口で語る世界史』は中国やロシアにも触れており、どちらも国民を抑圧していないとは言えない国なわけですし、両国は人口が多く、人口が多ければ抑圧経費も巨額になるはずで、けれども書中、抑圧コストがらみの分析はいっさいおこなわれませんでした。
学界であまり認知されていない説なのでしょうか?
ふたつめの感想として、日露戦争を語ったページ。
日露戦争はロシア人だけではなく、本質的に優位であると思っていたすべてのヨーロッパ人にとって衝撃的だった。日本の勝利の要因は人口ではなく ─ ロシアのほうが日本よりもはるかに人口は多かった ─ 戦略的なものだった。(pp.285)
わたしの場合、日露戦争の勝利を日本人が賛美したりアジア人が評価したりしている記述には接してきたものの、ヨーロッパ人が褒めている文章との遭遇はあまりなかったので、めずらしく思った次第です。
金原俊輔