最近読んだ本589:『マスコミはエセ評論家ばかり』、加地伸行 著、WAC、2023年

中国哲学史・中国古典学を専攻された、大阪大学名誉教授の加地氏(1936年生まれ)。

わたしはこれまで氏のご著書を2冊読みました。

「最近読んだ本203」

「最近読んだ本234」

マスコミ業界に身を置いている特定の人々の無学さ、偏向ぶりを、舌鋒鋭く糾弾する物言いが痛快です。

今回の『マスコミはエセ評論家ばかり』は、わたしにとって3冊目となるわけですが、「数え年、88歳、米寿を迎えた(pp.6)」せいか、過去に比べるとややご自分の文章に対する推敲が不足気味な印象をもちました。

例をあげれば、第3章に含まれていた「サヨクに『学』などない(pp.148)」項。

最強をキャッチフレーズに矛と楯を売ろうとしている商人が、見物人から「じゃあその矛でその楯を突いたらどうなる」とヤジられ、返答に窮したという、「矛盾」の語源となった有名な逸話を、

(A)最強の矛、(B)最強の楯、それぞれは正しい。商人はまちがっていない。そこへ見物人が条件を勝手に変更したのである。すなわち、「それぞれ別の時間」ではなくて、「同時に」としたのである。或るときの矛、また別の或るときの楯、それぞれ別々の時間において最強というのは正しい。しかしその条件を「同時に」と変えたのであるから、商人の説を論破したわけではない。商人は「同時に」という新条件については、こうだああだと、論ずればよかったのに、そこに気づかなかったまで。(pp.149)

わたしは加地氏の論理を把握できません。

引用箇所を複数回読み返し、なんとかうっすら解しましたが、完全な得心にまではいたりませんでした。

もう少し明確に記述していただきたかったです。

それでも本書を読む価値は十分すぎるほどあり、たとえば、第1章「羅針盤なき日本社会」の「舌先三寸の『死刑廃止論者』(pp.56)」以下3項でお述べになった、死刑に関する考察。

第2章「教育こそ国家の要」内の「『教育を受ける権利』は人それぞれ(pp.86)」項における、学力不足あるいは勉強嫌いの若者たちにあたえた容赦ない助言。

第3章「病める学会」の中の「日本学術会議とその取り巻きどもよ、『学問の自由』と安っぽく言うな(pp.100)」項以下数項で展開なさった、日本学術会議批判。

同じ章の「京大の研究費不正支出は研究者の恥さらし(pp.132)」項で、不正教授の実名を出して引導を渡す厳しさ。

どれもが真っ当かつ意義深く、そのうえ、対象となる案件を文系学者の視点から文系的に説き明かしてくださり、文系のわたしには助かります。

加地氏こそは「老いてなお盛ん」という言い回しに能(あた)う人物と感じました。

大学を定年退官したのち何者にもとらわれない発言をなさる書き手として、理系代表は今野浩(1940~2022)東京工業大学名誉教授、「最近読んだ本222」

文系の代表が加地氏、ではないでしょうか。

金原俊輔