最近読んだ本595:『母という呪縛 娘という牢獄』、齊藤彩 著、講談社、2022年

異様で、やるせなく、不快感すら生じる、重たい犯罪ノンフィクションです。

実母の髙崎妙子氏(仮名)に医学部医学科入学を強要されたひとり娘あかり氏(仮名)は、進学校を卒業後、9年間の浪人生活をおくりました。

けっきょく医学科をあきらめ、看護学科に進むも、今度は母親は助産師をめざすよう命じます。

しかし、あかり氏の助産師学校入試の結果は不合格でした。

母は娘の幼少期から虐待をおこなっており、虐待は娘の浪人時代に増悪して、大学看護学科への進学以降しばらくは沈静化したのですが、助産師学校不合格をきっかけに再燃。

またあの日々を繰り返すことになるのだ。あの地獄の日々を。(pp.214)

とうとう2018年1月、31歳になっていたあかり氏は58歳の妙子氏を殺害したのち、遺体を解体・遺棄しました。

以上の経緯を齊藤氏(1995年生まれ)が取材してまとめられたのが本書です。

くわしい情報が記されており、これは拘置所や刑務所での「7回の面会(pp.11)」および「30通を超える書簡(pp.284)」をとおし、齊藤氏があかり氏の深い信頼を得た賜物なのでしょう(であるならば、齊藤氏は87ページ「A子」の供述を書く必要はありませんでした)。

さて、最近「毒親」という表現が流行っています。

妙子氏はまさに毒親。

あかり氏の上に君臨する、あかり氏を怒鳴る、ののしる、詰問する、馬鹿にする、叩く、あかり氏に熱湯をかける、土下座させる、毎晩マッサージさせる、恩を押しつける、あかり氏の私物を捨てる、壊す、日記類を盗み読みする、あかり氏が可愛がっていた犬をいじめる……。

妙子氏は何らかの精神疾患(おそらくパーソナリティ障害)を有していたと想像され、こんな人物のもとで約30年間、あかり氏は悲惨きわまりない日々を過ごしたのです。

悲惨さが痛いほど分る箇所を引用させてもらいます。

高校生だったあかり氏の予備校模試の成績が悪く、医学部医学科への、

合格可能性は「D」と判定された。
不足している偏差値は10。母からは、その分だけ、「罰」が与えられた。(中略)
「馬鹿が」
母に背を向け、四つん這いになり、声を出さないように歯を食いしばる。
「いーちっ」バシッ
「にーっ」バシッ
(中略)
「くー」バシッ
「じゅー」バシッ
「さっさと着替えて勉強しなさい」(pp.122)

「罰」に使われたのは「直径3cm、長さ60cmほどの鉄パイプ(pp.122)」でした。

母が激昂し包丁を手にしたのは、娘が小学校6年生だったとき。

あかりの左腕には、いまも長さ4センチの傷跡が残っている。(pp.69)

ほかでは、

あかりの左の額には、いまも1.5センチほどの傷が残っているが、これは母に手桶で殴られたことによるものだという。(pp.124)

言語道断です。

『母という呪縛 娘という牢獄』読了者のうち、鬱積(うっせき)を爆発させたあかり氏を責める人はごく少数なのではないでしょうか?

第一審で懲役15年の判決だったにもかかわらず控訴審で懲役10年に減刑されたことが、本書におけるかろうじてホッとする話題でした。

わたしの指摘としては、まず(著者は殺された母親と出会っていないため無理な要求かもしれないものの)母親の精神状態や病理性に関する言及・分析があれば内容に更なる奥行きが出たと思います。

もうひとつ、書中、妙子氏とあかり氏の母子関係は他の母子関係にどれくらい一般化できるのか、という考察もなされるべきでした。

金原俊輔