最近読んだ本679:『危険だからこそ知っておくべき カルトマーケティング』、雨宮純 著、ぱる出版、2024年

タイトル内に含まれる言葉「カルト」とは、カリスマ的な指導者の言動を狂信する集団のことです。

上掲書を執筆なさったのは「悪徳商法や陰謀論、カルト宗教などに関する著述を行うライターとして活動している(P. 10)」雨宮氏。

同氏は書中、カルトがどのように人々を引き込もうと画策しているか、カルトの発想あるいはテクニックがどれくらい「ビジネスや団体(P. 14)」に入りこんでしまっているか……、ご自身が提唱された「6つのセオリー(P. 228)」を敷衍(ふえん)しつつ糾弾なさいました。

カルトの6つのセオリー、別の言いかたをすればカルトの「『マーケティング』手法(P. 9)」、さらに別の言いかたをすればカルトの「注意すべき手口(P. 232)」とは?

以下、その内実を見てみましょう。

○世界や自分の人生を変えられ、何か大きなものと繋がれる教義を作り、発信する。

○教義には共通敵の存在を組み込み、個人の被害者意識や悩みと直結させることで物語へとのめり込ませる。(後略)

○教義の支持によって得られる利益を説く他、とにかく外部者との接点を増やし、先に人間関係を構築してしまうことで外部者を組織に引き込む。

○発信する情報には、あえて常識を疑うことで現実感をズラす要素を埋め込んでおく。その説を裏付ける多数の証拠や謎解きを組み込むことによって(中略)教義の世界観にハマらせることを狙う。

○外部から引き込んだ人々に対しては集会や儀式に参加させて非日常体験を味わわせる、(中略)内部での共通点を意識させ、集団との一体感や所属意識、アイデンティティを強化する。

○人々の差別化欲求や所属欲求に訴えかけることで、外部者を組織と強く一体化させるための各種の活動から売上や労働力を収穫する。組織や商品に階層構造を作ることで段階的に高額な商品・サービスへと誘導する。(P. 228)

要領が良いまとめと思います。

そして雨宮氏は、「○」印のあとの文章ひとつひとつに幾つもの具体例をお書きになりました。

たとえば、冒頭の引用文「自分の人生を」変えることに関しては、「自己啓発セミナー(P. 54)」の事案が示されています。

5番目の引用文「集会や儀式に参加させて非日常体験を味わわせ~」のくだりでは、「キリスト教の洗礼(P. 166)」が取り上げられました。

最後の引用文「各種の活動から売上や労働力を収穫する。(中略)段階的に高額な商品・サービスへと誘導する」では、「証明しようのない『霊』や『運』を使って脅す行為(P. 193)」である「霊感商法(P. 194)」が語られています。

本書を読み、カルトが張り巡らしている罠について(カルト嫌いの)わたしは渋面を作りながら知識を増やしました。

誰しも気をつけなければなりません。

とはいえ、何もカルトだけがブラックなおこないをしているわけではないでしょう。

大手宗教だって五十歩百歩であり、おそらく、パウロ(5~67)、空海(774~835)、蓮如(1415~1499)、マルティン・ルター(1483~1546)、フランシスコ・ザビエル(1506~1552)、こうした聖人たちですら『危険だからこそ知っておくべき~』で詳述されている方法に似かよった方法を用いて布教活動を推し進めたのではないでしょうか。

さきほど本書の霊感商法への言及を紹介しましたが、霊感商法と言えば、昨年(2024年)わたしが読んだ、

高山正之 著『変見自在 ヒットラーは生きている』、新潮社(2024年)

で、著者の高山氏(1942年生まれ)は、キリスト教を論じたのち、

宗教とは信者にカネを貢がせてなんぼの商売だ。霊感の壺を売りつけるのは宗教なら当たり前なのだ。(高山 書、P. 34)

と指摘なさいました。

当方は上記のご指摘が大きな誤謬(ごびゅう)を犯しているとは考えません。

宗教とカルトを区別する根拠などないと推断いたします。

『危険だからこそ~』を読了後、わたしは「カルトに近づいてはいけない」という同書に接する前から有していた警戒感が一層堅固になり、それに加えて、昨今抱きはじめてきている「いっそ宗教全般に近づかないほうが良いのでは?」的な疑心も強まりました。

金原俊輔