最近読んだ本705:『昭和ノンフィクション名作選』、石戸諭 著、インターナショナル新書、2025年
著者の石戸氏(1984年生まれ)が、昭和時代に出版された各種ノンフィクション中「なお新しい刺激を受ける(P. 6)」11冊を選び、紹介および読解をおこなった書評集です。
本年(2025年)は「昭和100年、戦後80年(P. 221)」であるため、このタイミングで「故(ふる)きを温(たず)ねて新しきを知る(P. 6)」ことを企図なさいました。
読物の全ジャンルのうち、わたしはノンフィクションを最も好むので、個人的に大歓迎のお取り組みです。
自分が過去に接した作品が多く語られたのも嬉しい事実でした。
いくつか例をあげると、まず、
『妻たちの二・二六事件』、澤地久枝 著、中央公論社、1972年
石戸氏が上掲書を、
ノンフィクションにおける「女性」を明確に位置付け、時代を超えて視点の力を教示する作品になっている。(P. 77)
こうまとめたのは、的確と存じます。
つづいて、
『父の詫び状』、向田邦子 著、文藝春秋、1978年
わたしは当初、石戸氏が『父の詫び状』をノンフィクションに包摂する真意がわからず、やや違和感をおぼえました。
しかし、「時代を記録するための技法が詰まっている(P. 181)」などのご意見に触れて、納得。
3番目に、
『一瞬の夏』、沢木耕太郎 著、新潮社、1981年
この本は「完璧な一人称(P. 161)」が用いられた「冒険的作品(P. 161)」だった関係で、めずらしさを楽しみつつページを繰り、臨場感も味わえて満足したことを思いだしました。
スポーツ領域からもう1冊。
「江夏の21球」、収録『スローカーブを、もう一球』、山際淳司 著、角川文庫、1985年
こちらは未読なのですが、「スポーツノンフィクションの分水嶺(P. 95)」と称賛されている件は知っています。
ところで、昭和の日本を騒がした「吉展ちゃん事件(P. 43)」についての作品、
『誘拐』、本田靖春 著、文藝春秋、1977年
石戸氏は、書き手の本田靖春氏(1933~2004)に敬意を表するかたわら、被害者側に起こった次のできごとに言及していらっしゃいました。
被害者家族にいたずら電話や誹謗(ひぼう)中傷が続いたことで彼らが追い詰められたのも事実であり(後略)。(P. 51)
わたしは8歳だったので事件の記憶がうっすら残っています。
ただ、あのときに「いたずら電話や誹謗(ひぼう)中傷が続いた」というのは初耳でした。
むかし、こんな迷惑行為に走る人々が一定数いた状況があり、そして昨今はどうなっているかといえば、インターネットやSNSの普及のせいでより悪化していると想定され、じっさい、そうした事案がしばしばニュースになっています。
誠に残念ですし、腹が立ちます……。
いずれにせよ『昭和ノンフィクション名作選』は佳作。
石戸氏は、立命館大学をご卒業後、毎日新聞社に所属、やがてフリーのノンフィクションライターとなられた由です。
当方、ノンフィクションを開くや読むのが止まらなくなってしまうシチュエーションを毎回享受しているのですが、氏もきっとご同様なのでしょう。
あえて本書に苦言を呈するとしたら、
(1)タイトルに「昭和」と銘打たれていたにもかかわらず、あつかわれた書籍が昭和中期以降に刊行されたものばかりだった
(2)世には素晴らしいノンフィクションがたくさんあるのだから、わずか11冊でなく、50冊ぐらいを俎上に載せてほしかった
……以上のふたつです。
金原俊輔