最近読んだ本711:『生き延びるための昭和100年史』、佐藤優、片山杜秀 共著、小学館新書、2025年
わたしは以前、佐藤氏(1960年生まれ)と片山氏(1963年生まれ)の対談をまとめた本である、
『平成史』、佐藤優、片山杜秀 共著、小学館、2018年 「最近読んだ本173」
を読み、お話の高度さに感嘆させられ、著者たちの洞察の深さに舌を巻きました。
『生き延びるための昭和100年史』は、『平成史』の続編みたいな作品。
各地の戦争がいっこうに終息せず、アメリカ合衆国が積極的な関与を回避しだしている昨今、日本はどの方向へ進むべきか、方向を定めるためには歴史(とくに昭和史)を知ることが必須なのではないか……、こうした問題意識のもと、ご両所の意見交換が展開してゆきます。
勉強になりました。
わたしがハッとしたのは、佐藤氏による「まえがき」です。
太平洋戦争に敗北し、焦土となった経験から学ぶのは、アングロ・アメリカン(とりわけアメリカ)とは、絶対に戦争をしてはいけないということだ。(P. 10)
いま考えなくてはならないのは、トランプ氏から日本が「ウクライナやヨーロッパになびく信用できない国だ」と思われないようにすることだ。
ヨーロッパ諸国とアメリカが決定的に対立した場合、日本は躊躇(ちゅうちょ)せずにアメリカの立場を支持することが適切だ。(P. 11)
凄みが漂う文章であり、当方など能天気に「日本はアメリカの属国であるかのごとき立ち居振る舞いを改めるべき」と考えていたのですが、元・外交官でいらっしゃるかたの現実を見据えたお言葉に説得されました。
『生き延びるための~』では、おもに佐藤氏が対話の主導権を握られ、知識や卓見を提示されているのですが、片山氏も鋭い応答をなさり、また、佐藤氏と同レベルの博学ぶりを発揮なさいます。
ただし、ごくわずかながら、わたしにはあまり納得できない片山氏のご発言がありました。
一例です。
片山 第2次トランプ政権はさらに本格的に関税障壁を作る構えですが、その結果うまくいって、怨念が解消されていくのかはまだ分かりません。ただ、関税障壁を作ってもアメリカ人は食える、飢えはしない、という余裕があるのは確かでしょう。
小松左京の『アメリカの壁』ではないですが、アメリカ経済は自国第一主義で閉鎖していっても大丈夫だという考え方ですね。対して日本はその所与条件がまるで異なるので、同じことをしようとしても無理に決まっています。(P. 194)
たしかに何が起こっても「アメリカ人は食える、飢えはしない」でしょう。
しかし、わたしは、「関税障壁」をきっかけにアメリカ国内の失業率・賃金格差が深刻化し、人々は倹約を余儀なくされ、いわゆる相対的貧困が広がってしまうのではないか、その結果、治安や人種間の軋轢(あつれき)が増悪してしまうのではないか、と懸念しています。
引用の後半部の「対して日本は~」につきましては、そもそも日本は「所与条件が」異なりますから「同じことをしようと」してなどいないのではないでしょうか?
当方が把握していない日本政府の動きがあるのかもしれませんが。
なお、引用文中の「怨念」とは、「アメリカ東部を貫くアパラチア山脈周辺の地域(P. 190)」の居住者たちにおける、
外圧や時代の変化が押し寄せてきて、共同体は破壊され、自分らは見知らぬ都会で低賃金労働者として買い叩かれる。どうなっているんだ?(P. 191)
こんな思いを指すそうです。
以上、ハッとしたり、納得できないと感じたり、わたしは『生き延びるための~』を通して充実した読書の時間をもつことができました。
片山氏の「あとがき」にあった「歴史を踏まえて未来に思いを致す(P. 318)」作業にとても役立つ内容です。
金原俊輔