最近読んだ本726:『失われた貌』、櫻田智也 著、新潮社、2025年
J県警媛上警察署捜査係長・日野雪彦(刑事)が主人公のミステリーです。
日野は41歳。
管轄で男性の惨殺死体が発見され、名前どころか顔立ちすら特定できない状況下、彼と若い部下の入江文乃巡査部長が捜査を開始します。
ほどなく別の殺人事件も発生しました。
果たして二つの事件にはつながりがあるのか?
加害者は誰?
日野と入江はわずかな手がかりを少しずつ得て、着々と真相に接近します。
そして、とうとう日野が「見過ごしていた小さな事実(P. 265)」に気づき、推理を展開したのち、謎が解けます。
著者(1977年生まれ)が周到に忍び込ませていた伏線が終盤で物を言いましたし、見事などんでん返しも準備されていました。
読者に注意深く読むことを命じるような、速読を禁じるような、作品です。
わたしは満足しました。
ところで、『失われた貌』において、
…… 日野と妻の夫婦仲が良いのか悪いのかが、はっきりと分らない。
日野とひとり娘の関係も、良いのか悪いのか判然としない。
日野と部下の入江文乃も、信頼し合っているのかいないのか不明。
日野よりも出世している同期の生活安全課長・羽幌警部と日野との間柄、これも良いのか悪いのか分らない。
日野の直属の上司である刑事課長も、日野の働きを頼りにしているのか頼りにしていないのか判断がむずかしい。
他署の柿本刑事との情報交換の最中、日野は「本件に関わる可能性があれば、速やかに情報を共有してください(P. 197)」と念を押されるほど信用されていない ……。
このようにあいまいで微妙な人間関係が多く描かれていました。
それだけに、終始居丈高(いたけだか)な検視官・鷹宮警視、会うつどざっくばらんな対応をしてくれる剣菱弁護士、さらには警察の聞き込みを受けた複数の民間人など、あいまいではない人物たちが登場してくると、あいまいさが漂う物語からそれらの人々の存在が浮かび上がってくるみたいな感じで、印象に残ります。
なお、本書読了後、表題の意味合いがすこし異なって理解されるという仕掛けもありました。
金原俊輔

