『週刊誌風雲録』、高橋呉郎著、ちくま文庫、2017年。

いろいろな週刊誌の盛衰を展望したドキュメンタリーです。

わたしは週刊誌を読まないものの、本書であつかわれているほとんどが今日に至るまで存続している週刊誌ですから、もちろん名称などは知っています。

たとえば、2017年現在、巷において話題となっている「文春砲」。
この言葉自体は書中に登場しませんが、著者(1933年生まれ)は「週刊文春」誌の往年の取材力を、

まだ「週刊新潮」と対抗するには程遠かった。早い話が、特集のパンチ力に差があった。部数も伸び悩んでいた。デスクの小林米紀と梶山は、名誉毀損覚悟で強いネタをぶつけようと策したが、後発の哀しさで、ネタ元が薄かった。また、スキャンダリズムを敬遠したがる文藝春秋の社風も、足を引っ張ったきらいがある。「週刊文春」がスキャンダル路線を前面に打ち出すのは、昭和50年以降のことである。(pp.207)

こう評しました。
それが脈々とつづいて「文春砲」に結実したわけです。

上掲書では、週刊誌記者たちもテーマとなっており、あまたの興味ぶかい逸話が紹介されています。

逸話によれば、記者たちは「豪傑」と呼びたくなるような人々でした。

一本書くのに、丸々徹夜して、仮眠もせずに、勤め先である農林省の記者クラブへ出る日がめずらしくなかった。おかげで、徹夜を苦にしない習性を身につけた。草柳にいわせれば、朝まで起きて、それから寝るのは徹夜ではない。「一睡もしないで、いつもどおり働くのが徹夜なんだよ」ということになる。(pp.88)

締切日の夕方、取材陣は三三五五、アパートに集まってくる。風呂にはいり、用意されている夕食を食べてから、原稿を書きはじめる。梶山グループの方式で、できるだけ談話を詳しく書いた。(中略)だいたい、深夜12時前後にはデータがあがる。梶山は、それをもって、二階の狭い書斎に閉じこもる。ひと仕事終えて、「兵隊さん」たちは、当然のごとくに酒を飲みはじめる。(pp.202)

みなさん、「会社のために」あるいは「週刊誌のために」というよりも、「取材したい、記事を書きたい」という意欲の塊だった模様です。

アメリカの心理学者アブラハム・マズロー(1908~1970)は、人間における「自分がもつ力を最大限に発揮したい」欲求のことを「自己実現の欲求」と名づけました。

登場人物たちはきっと自己実現の欲求が強かったのでしょう。

以上、『週刊誌風雲録』は、じゅうぶんな情報を発信しています。
中身が濃い作品でした。

反面、あまりに多種多様なことが記述されているので、すこし詰め込みすぎ、まとまりに欠けていたような気がします。

わたしは読了後、本書の倍以上のページ数を使って書いたほうが読みやすかったのではないか、または、対象をライバル関係にあった2誌にしぼり、その闘いを細かく描いたほうが良かったのではないか、と思いました。

金原俊輔