『朝日新聞がなくなる日:「反権力ごっこ」とフェイクニュース』、新田哲史、宇佐美典也共著、ワニブックス、2017年。

朝日新聞のありかたに関して現役ジャーナリストと元・官僚のおふたりがおこなった率直なご意見交換です。

○昭和初期のころと変わらぬリベラルぶりや反権力ぶりが、いまとなっては時代遅れ

○従軍慰安婦問題での虚報を30年間放置していた

○ニュースの鮮度は(朝日にかぎらず)新聞が週刊誌に負けている

○ネット・ニュースの情報の速さに(これも朝日にかぎらず)新聞各社はついてゆけていない

このようなきびしい発言が次々になされました。

なかでも、インターネットという媒体は新聞社にとって強大な仮想敵の模様で、

新田  新聞はもうネットに追いつかれている部分があって、かつてなら「建前はテレビと新聞、本音は週刊誌」という棲み分けがあったのですが、ネットの普及によってみんな本音を知りたがり、本音主義で世論が作られるようになってしまったのです。その意味では新聞は時代に遅れてしまったといえるでしょう。(pp.141)

こうした事態になっているそうです。

本音主義の件ばかりではなく、リアルタイム性さらには双方向性という点でも、新聞はネットと比べて致命的に不利なのではないでしょうか?

以上、上掲書はおもしろい本ではありました。

しかしながら、朝日新聞に焦点を定めるべきコメントが逸脱しがちで、ともすれば新聞全体におよぶ批判や諫言の連発となったため、論点が定まらず大味な感じがしました。

それに比べると、『「愛国」という名の亡国論:「日本人すごい」が日本をダメにする』、窪田順生著、さくら舎(2017年)は、朝日新聞の紙面を長期にわたって分析した結果、

このことから導き出されるのは、「愛国報道」と「反日報道」が、寄せては返す波のように、互いの影響力の大きさを注視しながら、ともに増加傾向にあるものではないかという仮説です。
そう考えると、朝日新聞において、年を追うごとに「愛国報道」が増えていくという現象も説明できます。(pp.200)

と、まとめています。

つまり、朝日はけっして「反日」一辺倒ではなく、「愛国」記事もほぼ同等に載せつつ内容のバランスを保とうとしている旨の、興味ぶかいご指摘でした。

わたしとしては「朝日が愛国?」と言いたくなりますが、そのようなエビデンス(証拠)があるわけです。

こちらの本のほうが参考になりました。

金原俊輔