『アリと猪木のものがたり』、村松友視著、河出書房新社、2017年。

プロレスにおくわしい村松氏(1940年生まれ)の作品。

1976年6月、東京でおこなわれた「格闘技世界一決定戦」に関するノンフィクションでした。

同決定戦で闘ったのは、周知のとおり、プロボクシング統一世界ヘビー級チャンピオンのモハメド・アリ氏(1942~2016)と日本のプロレスラー、アントニオ猪木氏(1943年生まれ)です。

当時、スポーツファンならずとも全国の人たちが試合に注目し、巷間の話題を独占していました。

わたしは東京暮らしをしており、日本経済新聞の住み込み配達員でした。

闘いの日には大勢の配達仲間とテレビを囲んで観戦しました。

期待を裏切られる試合展開となって、終了後、一同、欲求不満におちいったことをおぼえています。

著者は、

試合が「世紀の凡戦」と酷評されたことに対して、それを迎え撃つ「言葉の弾丸」の持ち合わせがないがゆえに撫でるようにしか触れることができず泣き寝入りを決め込んだのは、アリとイノキの両者への不誠実でもあり、作家としての時を紡ぐ中での、痛恨の極みと言える忘れ物でもあったのである。(中略)
19年ものあいだ体の底に澱(よど)んでいたうしろめたさの弦を、強く弾いた。思い返せば、22年前に感じたこの弦のひびきが、本書を書くにいたる遠因であり、2016年におけるアリ74歳での死が執筆に腰を上げる直接の動機となった。(pp.9)

以上のように「忘れ物」を取りもどす決意で上掲書を起稿されました。

内容としては、まず、アリと猪木にまつわる精細な情報があります。

たとえばモハメド・アリは、もともとカシアス・クレイという名前でした。

彼は、イライジャ・モハメド(1897~1975)およびマルコムX(1925~1965)、ふたりの宗教活動家と親しくなり、

イライジャ・モハメドの側を選ぶ。その理由の真のところは判明していないようだが、ブラック・ムスリムにおける彼の称号が、リストン戦後にカシアス・クレイからモハメド・アリへ昇格することを、イライジャ・モハメドが承認したことにかかわるという見方もあるらしい。そしてアリは、「神を讃え自らも讃えられる」モハメドの意と、「最高」を意味するアリの意をかさねたこの名前に誇りをおぼえてゆくのである。(pp.74)

また、決定戦におけるアリ・猪木の動きが、アナウンサーの実況中継に解説者の解説を加えたかのような文体で報じられてゆきます。

「第1ラウンド」
イノキは、ゴングとともにコーナーを飛び出し、スライディング・キックの連発で、プロレスの試合と同様に試合開始直後の雰囲気を盛り上げた。(後略)(pp.202)

「第13ラウンド」
イノキは、「カマン!」のジェスチュアでさそうが、アリはやる気なさそうなポーズで距離をとる。イノキ、タックルを決めるがコーナーでブレイク。イノキのタックルは、アリがそれを警戒していることを読んだ上での、キックにつなげるプレッシャーぶくみの方策と映る。(後略)(pp.222)

わたしは当該試合を実際に観たわけですから、楽しい読書となりました。

なつかしさもひとしおでした。

村松氏がお忘れものに確(しか)と片をつけられたことを、お慶びいたします。

もっとも、この本では、著者のデビュー作『私、プロレスの味方です:金曜午後八時の論理』、角川文庫(1981年)で示された鋭利な切れ味の文章に、あまり遭遇できませんでした。

『私、プロレスの味方です』はプロレス全般をあつかっていたので書きやすく、『アリと猪木のものがたり』のほうは特定の人物をおもな対象としたため書きにくかった、こうしたご事情があったのかもしれません。

あるいは、たいへん失礼ですが、村松氏の本書執筆時のご年齢が影響してしまっている可能性も考えられます。

金原俊輔