『特命全権大使 米欧回覧実記:現代語縮訳』、久米邦武編著、角川ソフィア文庫、2018年。

1871年(明治4年)から1873年(明治6年)にわたって、総勢107名の日本人グループがアメリカ合衆国とヨーロッパ諸国を訪問しました。

一行は、大使かつ団長であった岩倉具視(1825~1883)の名前をとり、「岩倉使節団」と呼ばれています。

岩倉のほかに、大久保利通(1830~1878)、木戸孝允つまり桂小五郎(1833~1877)、伊藤博文(1841~1909)、新島襄(1843~1890)、中江兆民(1847~1901)、津田梅子(1864~1929)、などの偉材たちがメンバーとなっていました。

上掲書の編著者・久米邦武(1839~1931)も、メンバーのひとりです。

彼らや彼女らは何をしに海外へ出向いたのか?

「前書き」に書かれていたとおり、当時のわが国には、

世界という土俵に出ても対等どころか弱肉強食の掟(おきて)に従って多くの非西欧諸国のように植民地化されかねないような状況が差し迫っていました。(pp.4)

かかる暗雲がただよっており、先進国歴訪は物見遊山だったのではなく「一か八かというような危うさをはらんだ冒険(pp.4)」だったわけです。

開国したばかりの日本の初々しい挑戦でした。

さて、緊要な使命をおびた外遊のさなか、久米は現代のわれわれが舌を巻くほどの理解を土台にしながら、訪問の記録をとりつづけました。

たとえば、

ワインはもともとフランスの名産品で、その評判は世界的に認められ、ボルドーやシャンパーニュ(※シャンパン)という酒の呼び名はいずれもフランスの製造地の地名をそのまま用いているように酒瓶や包装まですべてフランスのブランドを借りなければ市場で評判をとれないからである。
貿易においてブランドは巨万の資本よりも重要なのである。すぐれたビジネスは年々このブランドを高めようと努める。目先の利益にこだわらないのはブランド価値を資本に積み増すためなのである。(pp.58)

「本当に明治初期の人?」と言いたくなるような情報収集力および分析力です。

彼は白人の欠点も見逃しません。

郵船において欧州の乗客のふるまいを見ていると、イギリス人の異人種人に対する態度は大変親和的であるのに対し、スペイン、ポルトガル、オランダの人々は概して暴慢である。昔からのやり方が今でも習慣になって抜けないことが見て取れる。植民地の現地人たちはどれほどの暴政に圧服させられていることだろうか。(pp.479)

イギリスの植民地政策とて実はひどかったものの、まあ、それは措いておきましょう。

本書では全般にわたり、久米の冷静さ、客観性、洞察力、が光りました。

彼がたびたびカトリックを低評価することだけは、カトリック信者であるわたしは閉口しましたが……。

それにしても驚いたのは、一行が各地で厚遇された事実です。

アメリカのサンフランシスコでは、入港時に「15発の礼砲をもって迎えられ(pp.51)」、しかも、

知事、軍士官、各国領事、財界名士などとの挨拶(あいさつ)が続き、夜ホテルにもどってからも路上に集まった市民たちから歓迎され、(後略)。(pp.52)

こんな状況でした。

イギリスにおいては、ヴィクトリア女王が、

「貴国の帝王はつつがなくお過ごしか」とお尋ねになり、これに大使は「つつがなく過ごされている」と答え(中略)。さらに女王は次男王子エディンバラ公を指し「この者が前年、貴国を巡覧した際には貴国政府より格別に懇切丁寧な心遣いをいただいたとのこと、私からも深謝する次第である」と仰せになった。(pp.209)

フランスでは、

政府の接待役が日本の弁務士(公使に相当)と共に待ち受けていて兵士たちの捧げ銃(ささげつつ)の礼で迎え、ホテルで昼食の接待があった。(pp.223)

大統領官邸においてティエール大統領に謁見する。(中略)当年75歳、小柄な老人で話しぶりも見た目も穏やかで和気をたたえていた。(pp.236)

ベルギーでも、儀仗兵の歓迎を受け、国王レオポルド二世に謁見したのち、

接伴係の案内で、国王から貸与されたお召し列車に乗り、ベルギー第三の都市ガン(ゲント)を訪問。(pp.266)

ドイツに到着した際には、「宰相ビスマルクの招宴があった(pp.308)」。

ビスマルクは演説をおこない、

日本には親睦な付き合いの国々も多くあるだろうが、その中でも、国権自主を重んじるドイツなどは親善国の中の親善国であるだろうと言えるのである。(pp.310)

こう発言して、日本を尊重する姿勢を示してくれました。

真心の接待は他の国々でも同様に見られました。

鎖国を解いた直後である未開な極東の小国を、どうして欧米が重んじてくれたのか、わたしにはわかりません。

わかりませんが、非常にありがたいことです。

読書中、感動しました。

そして本書の最も終盤。

1年半あまりの海外周遊を果たし、一行が乗った船は長崎に入港します。

港の入り口に浮かぶ大小の島々はどれも秀麗な山々で、遠く近くに見える峰々もすらりとしている。船が進むにつれて島々は流れるようで、またたく間に千変万化していく。まことに瓊浦(たまのうら)の美称にそむかない。シンガポール、香港などの島々の景色も遠く及ばない。世界屈指の景勝地である。(pp.485)

帰国がよほど嬉しかったのでしょう。

『米欧回覧実記』のなかで唯一、久米が主観的になってしまった(冷静さや公平さを欠いてしまった)箇所でした。

長崎人のわたしとしてはお褒めの文章をいただき感謝します。

すらりとした峰々がどこを指しているのか、見当がつかないとはいえ……。

金原俊輔