『マスコミ偽善者列伝:建て前を言いつのる人々』、加地伸行著、飛鳥新社、2018年。

評判の書物であると聞き、わたしも入手しました。

中国哲学を専攻されている加地氏(1936年生まれ)が、闘争心満々で、当たるを幸い現代日本の有名人たちを弾劾してゆく内容です。

有名人たちは、タイトルとはやや異なり、マスコミ関係者のみに限定されていません。

政治家や官僚それに大学教授すら登場させられ、言動をあげつらわれています。

この本、強く期待して読みだしたわけではなかったのですが、意外におもしろく、参考とすべき箇所も多数ありました。

加地氏がひとつの学問領域を究めたかたでいらっしゃるからでしょうか。

わたしは識者を尊敬します。

上掲書における個人個人へのクレームは、言いがかりっぽいものも含まれていましたので、ここで紹介する行為は差しひかえます。

そういうことよりも、加地氏は学術研究に関する話題の際、

研究費というのは、研究のケースごとに違うのであって、自由にとあれば、1億円でも10億円でもとなり、どうしようもなくなる。金額の制限があるのが正常なのであって、それを「自由に使える」などと言うのは、研究とは何なのかが分かっていない者の泣き言でしかない。
もし研究費が足らなければ、己(おの)れの生活費を削ってそれに充てるというのが研究者の心構えである。(pp.48)

とのご意見を開陳されました。

碩学ならではのお言葉です。

研究者たちには上述されたような覚悟が必要でしょう。

つぎに、祖先祭祀を考察した箇所では、

キリスト教徒でないアメリカ人が「日本人は幸せだ。なぜなら日本人は亡き祖父母とか、自分たちの遠いルーツの祖先とのつながりを意識して非常に幸せではないか。自分たちは、徹底した個人で生きていかねばならない生き方の中で非常に寂しいときがあるけれども、そのとき信仰を持っている者は神にすがれるが、信仰を持っていない者は、どうにもすがりようがないのだ」ということを書いておられたエッセイを読んだことがあり、よく分ります。(pp.267)

「個人主義」の反意語を「集団主義」としか考えていなかったわたしは、「系統主義」とでもいうべき心の基軸もまた個人主義の反対側に位置するといえる、しかもそれが日本社会において色濃く見られる、事実に気づきました。

視野が広がった思いです。

さらに、著者が(朝日新聞社などの報道の偏りを念頭におきつつ)51ページに書かれた「従軍慰安婦」の定義。

これほど簡明で正当な定義はないと感じられます。

読んで損はない作品でした。

それにつけても、長らく中国哲学を学ばれた著者であるのに、書中、一貫して中国に批判的でいらっしゃるご姿勢を、わたしは興味ぶかく受けとめました。

金原俊輔