『アジア沈殿旅日記』、宮田珠己著、ちくま文庫、2018年。

著者(1964年生まれ)が、台湾、マレーシア、インド、以上の3カ国を漂浪した際に、現地で経験された各種できごとを、まとめた本です。

最後の章には熊本訪問の話題も含まれていました。

宮田氏ご自身がずっと抱えていらっしゃる屈託および旅先におけるトラブルがらみの屈託が渾然と記されており、ところどころ(たぶん、なんらかの効果をねらわれたのでしょう)ご本人の妄想っぽい文章もお書きになっています。

とはいえ、基本的には明るいタッチの内容。

独特の味わいが滲(にじ)み出てくる旅行記でした。

わたしはこの『アジア沈殿~』を読み、ふたつの感想をもちました。

ひとつは、「今風」な表現が登場する件。

自分が、ますます誰からも相手にされない原初の状態にゼロクリアされたと感じていた。(pp.43)

旅情が、再起動した証拠がここにある。(pp.90)

オセロのように状況を一気にひっくり返そうとしても、すでにアップされてしまった不都合な事態をなかったことにするのは不可能であり(後略)。(pp.164)

引用で使われている「ゼロクリア」「再起動」「アップ」はパソコン関係の専門用語であり、著者はそれらを(パソコンとは無縁な)ご自分の作品内にスッと挿入されたのです。

わたしの場合、こうした語が散見される読物に、初めて出会いました。

今後、わが国では同様の文言が頻出する小説・エッセイが増えてゆくのでしょう。

もうひとつの感想は、台湾のかたがたの人当たりの良さです。

宮田氏が「枋寮」という台南市にほど近い小さな町の町役場に入っていったときに、

受付の女性は、大きなザックを背負って現れた闖入者(ちんにゅうしゃ)に目を丸くし、私が宿を探していると告げると、イスから飛び上がって、こういう場合に頼れそうな人材を探して役場内を走り回った。(中略)
みな優しかった。
美しい女性事務員がやってきて、
「日本人?」
と訊くので、
「我是日本人」
と答えると、わあ、と言って、私たちの町に日本人が来てくれた、とうれしそうな顔をしたあと、それなのに私たち役に立てないなんて、というようなことを中国語で言った(ぽく思えた)。(pp.92)

心温まるやりとりが進行しました。

相手が日本人である状況における台湾人の親切さ・やさしさは、同国を訪ねた他の多数の日本人旅行者たちも体験しており、彼らの感謝に満ちた体験談をあちこちで目にしたり耳にしたりします。

わたし自身にも似たような思い出があります。

つくづく、日本人にとっての台湾は、まったく緊張しないで出発することができる唯一の外国なのではないか、と感じられます。

金原俊輔