『人生の正解』、勢古浩爾著、幻冬舎新書、2019年。

わたしはかつて、同じ著者(1947年生まれ)の、

『結論で読む人生論』、草思社文庫(2014年)

を読み、たいそう刺激を受けました。

それで、このたびも「おっ」と思って、『人生の正解』を買ったのです。

しかし本書は、『結論で読む~』に比べると、あまり充実してはいないように感じられました。

前の作品は評価が定まっている高著・名著を手引きにしながらの論考で、今回は勢古氏ご自身が独自にお考えを展開させる形式だったので、いくら氏が手練れの書き手でいらっしゃるとはいえ、むずかしいお仕事だったのかもしれません。

主題が高尚すぎるし……。

とはいっても、反芻(はんすう)すべき文章は散在していました。

2例です。

誠実とは自我を低くすることだ。自分を他人のように見ることであり、保身をしないということは、自分を公正さの前にさらすということである。(pp.94)

人生の正解の三条件として「誠実」「力を尽くす」「負けない」ということを挙げた。「誠実」「力を尽くす」は、自分の意思次第でできることである。しかし「負けない」には、自分の境遇や挫折に負けない、というほかに、世間に負けない、という意味もある。(pp.114)

含蓄があり、自分を振り返る契機にもなり、「良い書物だった」という読後感につながります。

以上、おおまかなコメントでした。

つづいて、『人生の正解』内には、個人的な意味合いで興味深かった箇所が、ふたつありました。

そのことについて書きます。

ひとつは、氏が精神科医の業務を考察するなかで、

医師の対応を見て、多くの人はがっかりしたのではないかと思う。
「日々の生活の不如意を聞き続ける」だけ、「大変ですねと同情する」だけ、「悩みを聞く」だけ、「元気に満ちた明るい毎日を送りましょうと、患者さんを慰める」だけ、「困りましたね、と一緒に悩んであげる」だけ、「困りましたねと同情する」だけ、である。
それで精神科医が勤まるのか。(pp.158)

こうお書きになったこと。

直後にフォローする文章も記されてはいたのですが、かなり辛辣なコメントです。

わたしは、カウンセラーとして似たような対応をいくたびもおこなってきたため、「精神科医に厳しすぎるのでは?」と感じました。

たとえ「~だけ」を連発したとしても、患者さんが来院されつづけるのだったら、それはご本人のお役に立っている、と言えるのではないでしょうか。

もうひとつは、ラグビーの話題。

ラグビーほど肉弾相打つスポーツは他になく、それゆえ想像以上に紳士的でフェアなスポーツである。(中略)
サッカーのように、肘打ちを食らわしたり、ちょっと触れたら大げさに倒れたり、倒れたら倒れたで意図的に何回も転げ回ったり、時間稼ぎにボールを回したり、審判に不満や文句をいったりすることは絶対にない(選手同士の小競り合いは、ままある)。試合の公正さとおもしろさからいえば、サッカーの比ではないのである。(pp.61)

われわれラグビー経験者がサッカー選手たちに対して、とりわけその見苦しい倒れっぷりに対して、苦々しく思っていることを余すところなく糾弾してくださいました。

ラグビーがサッカー人気に負けている現況は誠に残念です。

ただし、わたしはサッカーの国際試合が好きで、大きな声ではいえないものの「むしろラグビーなんかより、よほど手に汗握る」とすら感じています。

だいいち、サッカー選手は、見ていて暑苦しくありません。

ラグビーが日本ではいまひとつメジャー競技になれないのは、男臭すぎ、汗臭すぎるからか。(pp.62)

きっとそうなのでしょう。

金原俊輔