『のっけから失礼します』、三浦しをん著、集英社、2019年。

書店で上掲書を手に取り、中身をパラパラ眺めていた際に、

人間をふたつに大別すると、「頻繁に道を聞かれるひと」と「あんまり聞かれないひと」に分けられる。私はまちがいなく前者だ。(pp.12)

こんな文章があったので購入しました。

というのは、わたしの亡くなった妻もまた前者タイプで、生前、よく帰宅後に「今日も道を聞かれた」と、笑っていたからです。

あるときなど、外国人カップルに英語で道を聞かれ、妻は必死になって「アップ、ダウン、ゴー」と答えた由。

「あちらに見える歩道橋を登って、反対側へ降りて、そのまま真っすぐ前方に進んでください」

以上の意味を込めたブロークンな英語であり、それでも幸いお二人に通じたらしく、いわれたとおりに歩きだされたとのことでした……。

『のっけから~』の話をします。

人気作家・三浦氏(1976年生まれ)が出版された軽妙洒脱なエッセイ集です。

特殊な体験ではなく著者の日常から素材をとっていらっしゃるため、わたしを含めた読者たちの日常に重なる部分が多い内容となり、楽しい読書時間を提供していただきました。

年齢・体重・男性・コンサート・映画・旅行が、書中たびたび語られた話題です。

おそらく女性の読者は、わたしごときよりも、本書を満喫することでしょう。

著者がうっかり番号違いで他人の携帯に電話をかけてしまい、出た相手が若い男性だった小事件がありました。

お詫びして電話を切ったあと、

名も知らぬ20代(推定)男子は、とても親切なかただった。(中略)
私はしばらく、「私の声は、彼にいい印象を与えることができただろうか。『素敵な声だったな。もうちょっと話してみたいものだ』と彼も思ってくれてたらいいのだが……。え、ちょっと待って。もし彼から電話があったら、どうする? 若者の前途を思えば、『ごめんなさい、私、声は若いってよく言われるんですけど、実は65歳なんです』って嘘をついてでも身を引かなきゃ……。やだ、つらいわ~! ところが、『それでもいいです。もっとおしゃべりしませんか』と彼が言ってくれて、頻繁に連絡を取りあうようになる私たち。そのうち彼は言うだろう。『電話で話すだけではたりない。一度、会いませんか』と。(pp.184)

ポジティブな妄想が驀進(ばくしん)します。

さて、『のっけから~』は、三浦氏が『BAILA』なる月刊誌に連載した随筆をまとめたもの、とのことでした。

『BAILA』は女性向け「素敵なファッション誌(pp.8)」だそうです。

このとき、「なにごとも油断大敵」章の一節。

氏がひさしぶりに着物を着たところ、お太りになったせいで柄が所定の位置よりも上方にあがって、めっぽう恥ずかしかった、というエピソードを自虐的に紹介されつつ、

今回の件で得た教訓は、「太ったなと思ったら、紋付きを試しに着てみて、紋の位置を確認しておくべし」である。これがお葬式とかだったら、コトだったよ。肩に紋を乗っけた姿で参列するわけにいかないもんな。厳粛な場で、「水島ー、お前の肩に乗ってるの、インコじゃなくて紋だぞー」状態じゃ、まずいからな。(pp.114)

こう書かれました。

「水島ー」のくだりは、

竹山道雄著『ビルマの竪琴』、新潮文庫(1959年)

のパロディなのですが、三浦氏は全く原典に言及されていません。

わたしは『BAILA』の読者で元ネタを知っていた人は皆無に近かったのではないか、同誌読者たちには意味不明ギャグだったのではないか、と心配しています。

金原俊輔