『国境を越えたスクラム:ラグビー日本代表になった外国人選手たち』、山川徹著、中央公論新社、2019年。

1993年に山形中央高校に入学した私は、ラグビー部に入部した。そのころから見るようになった国際試合では、日本代表にラトゥらトンガ人選手が名を連ねていた。
なぜ、日本代表に「ガイジン」が……。そんな小さな疑問がよぎった。(pp.8)

著者(1977年生まれ)は、こうお書きになっています。

当方も同じでした。

元ラグビー部所属のわたしが初めて見た国際試合は、1975年、来日したウェールズ代表と日本代表との戦いです。

小さな同胞選手が臆せず巨躯のウェールズ選手に飛びかかってゆく姿に「美学」を感じ、涙ぐみました。

そんな思い出があり、昨今の日本チームに外国勢が少なからず含まれている状況に「日本は卑怯ではないか」みたいな気もちを抱いていました。

しかし、2019年9月から開始され、本コラム執筆時においても続いている「ラグビー・ワールドカップ日本大会」。

我らが「ブレイブ・ブロッサムズ」への他国出身選手たちの献身的なプレーを目の当たりにして、自分自身の偏った考えを訂正しました。

とりわけ、強豪アイルランドに勝ったときなど……。

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(番組の途中ですが、いま、改めて感動の余韻に浸っているところです)

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いずれにしても『国境を越えたスクラム』、ラグビー日本代表に選ばれた過去および現在の外国出身者たちにインタビューをおこない、彼らのお人柄や経歴をくわしく紹介する内容でした。

ほとんどのかたが来日後にホームシックを経験し、慣れない環境で大小のトラブルに遭遇され、やがて適応なさり、日本がたいへん好きになって、ついにはグラウンドで日の丸を背負う、こうした流れです。

わが国へ帰化された人も少なくありません。

ラグビー部員であったことを超え、わたしは日本人のひとりとして、嬉しく思いました。

みなさん魅力的でいらっしゃり、メンタル面の成熟ぶりも窺え、そんなかたがたが母国より日本のほうを選んでくださったのが喜ばしいのです。

本書が最も伝えたいメッセージであろう、

これから来日する外国人も、日本代表となった海外出身選手も、日本と異なる文化や環境で生きてきた一人の人間には変わりはない。(中略)
ラグビー日本代表のあり方に、これからの日本社会が歩むべきヒントが隠されているのではないか。(pp.6)

つくづく共感しました。

さて、『国境を越えた~』においては、おもしろいエピソード、ラグビーらしいエピソードが、満載です。

本コラム冒頭で登場したラトゥ志南利氏(1965年生まれ)は、現役時代、184センチ、100キロ、の体格でした。

来日した直後に、

肩を傷めて手術を受けた。飯島が驚いたのが担当医の言葉である。
「こんなに太い人間の骨は見たことがない。もしもこの方が亡くなったら標本にしたい」
医師は真顔で語った。(pp.75)

まるで、板垣恵介作画『バキ』(秋田書店)というマンガ・シリーズに出てきそうな逸話です。

ニュージーランド出身のニールソン武蓮傳氏(1978年生まれ)は、周囲から「ガイジン」と呼ばれることが嫌いでした。

「街中では何もできませんが、試合中はね……」とニールソンはニヤリと不敵に笑う。
そういえば、佐藤がこんな思い出を語っていた。(中略)
「敵チームに『ガイジン、ガイジン』とうるさい選手がいたら、『ガイジンじゃねぇ』とがっつりタックルに入って黙らせていましたよ」(pp.132)

試合中、癪(しゃく)にさわる相手に強烈タックルをお見舞いし悶絶させるのは、ラグビー界の「あるある」です。

最後の話題。

現ワールドカップでは、出場チームの国歌を日本ファンが斉唱する「おもてなし」が、海外の好評を得ています。

これは、かつて日本代表キャプテンだった廣瀬俊朗氏(1981年生まれ)の、

「スクラムユニゾン」を立ち上げ、活動している。「スクラムユニゾン」は、W杯に出場する20カ国すべての国歌を覚え、選手たちや来日するファンと一緒に歌うプロジェクトだ。(pp.260)

ものだそうで、すばらしいご提案・ご活動です。

背景にまさしく「ノーサイド(試合が終われば敵も味方もない)精神」が脈打っている取り組みなのではないでしょうか。

わたしは本書を読み進みつつ、ラグビーに限らず「スポーツって本当に良いな、大事だな」という感想をもちました。

金原俊輔