最近読んだ本604:『世界史の中のヤバい女たち』、黒澤はゆま 著、新潮新書、2023年

上掲書は、歴史小説家・黒澤氏(1979年生まれ)が世界史の中で大きなインパクトをのこした女性10数名を選び、その人生を紹介してくださった作品です。

感動したのは、第1章に出てくる英国『アーサー王物語』のエピソード。

アーサー王が、悪い騎士から、

「すべての女性が望むことは何か?」(pp.14)

と問われ、1年以内に正しい回答を返さないとその騎士に殺される成り行きとなったため、正解を探し求め苦心惨憺します。

そして、王が森の魔女に教えてもらった答えは、

(なるほど!)(pp.19)

と、頷(うなず)かされるものでした。

こんな印象的な逸話でスタートする本書は、ページを繰るにともない読む側のスピードが加速し、内容を堪能しきって読了するような佳作でした。

「私の歴史への情熱(pp.4)」とお書きになるほど黒澤氏におかれては歴史の素養が深いうえ、ご存じの事柄を手際よくまとめる文章力も有していらっしゃることが、『世界史の中のヤバい女たち』の完成度の高さに寄与したと感じます。

さて、第9章で語られているフローレンス・ナイチンゲール(1820~1910)を知らない人はいないと推察しますが、

ナイチンゲールは、情け容赦のない恐るべき指揮官でもあり、看護師たちは仕事の過負荷と、規律の厳格さの下で呻吟していました。(pp.161)

頑固一徹者だったというのは初耳でした……。

つぎに、第6章「女性として根絶できない部分:独ソ戦と女性兵士たち」。

紹介されている逸話が痛ましく、崇高で、忘れ得ぬ読史になりました。

話題をひとつ引用させていただくと、

パルチザンとなったゾーヤという女性はドイツ軍に捕らえられ、凄絶な拷問のあと、街の広場で縛り首にされます。しかし、最後の瞬間、こう叫びました。「わたし達は2億人いる。決して、決して、全員を縛り首にするなんて出来ない!!」(pp.80)

3番目に、わが国の斉藤澄子(1913~1942)の話も忘れられません。

大正時代、岩手県に生まれた彼女は「馬喰でもあった父(pp.52)」の影響で馬とともに育ち、長じたのち「調教師に弟子入りして(pp.53)」、あまたの困難を乗り越えながら「日本初どころか世界初の女性騎手(pp.57)」になったのでした。

2022年5月現在、日本全国で女性騎手は16名登録されています。名古屋競馬の宮下瞳騎手は21年11月に1000勝を達成しました。アメリカのジュリー・クローンは、通算3704勝をあげ、アメリカ競馬殿堂入りを果たしています。
今や世界中で、たくさんの女性騎手が男とまったく対等に戦っています。(pp.65)

斉藤が果敢に切り開いた道を他の女性たちが歩んでいる状況です。

以上、黒澤氏は、

男のヒーローの話は数多く語られ、出版もされています。
しかし、女のヒーローの話はまだまだ数が少なく、あっても善良さや自己犠牲ばかり強調されているような印象を受けます。(中略)
世の中にこれから出て行く女の子、もう出てしまった女の子たちに、同性のヒーローたちのこと、それもジェンダーの色眼鏡から自由な姿を知ってもらいたい。(pp.3)

『世界史の中~』の執筆意図を達成なさいました。

最後に、斉藤澄子の生涯を読みつつ思い出したことを、無駄話として述べさせていただきます。

わたしは予(かね)て、世のいろいろな競技が男女に分かれるルールをできるだけ改変してはどうかと、ぼんやり考えていました。

スポーツの場合は、男女の体格差・体力差があるせいで女性に不利になってしまいますから実現は容易でないでしょうが、せめて「混合ダブルス」「混合リレー」のような混合種目を増やす取り組みを進めるのはいかがでしょう?

また、囲碁・将棋・チェスといった知的ボードゲームなどは、いっそ性別に関係なく競う形式にして良いかもしれません(頭を使うという共通点がある学術研究の領域では、男性であれ女性であれ同じ土俵で勝負しているわけですし)。

金原俊輔