『ブルース・リー:李小龍の栄光と孤独』、四方田犬彦著、ちくま文庫、2019年。

香港出身ブルース・リー(本名:李小龍、1940~1973)は、カンフーの妙手でアクション映画の大スターでした。

わたしも好きです。

1973年、ヒット作のひとつ『燃えよドラゴン』公開前後に亡くなったことから、妙手だのスターだのを超え、神秘的存在に達しました。

2019年夏の香港大規模デモで「水になれ」という言葉がデモ隊プラカードに掲げられている由なのですが、これはブルース・リーが生前のインタビューで発したセリフ。

彼がいまだに神秘的な存在だからこそ「水になれ」が自由をもとめて戦う香港人たちの士気を鼓舞しているのでしょう。

本書はそのブルース・リーを語った評伝です。

ページ数が多く、こってりした内容でした。

子役時代の話が詳細に記されており、世間で知られていないエピソード続出です。

子役の名は「李敏」となる。李小龍が生来的に携えていた敏捷さが反映されているかのようだ。このフィルムのポスターには別に「神童小李海泉」とも記されており、この9歳の少年の演技が出色の出来であったことが、そこからも窺われる。(pp.66)

「栴檀(せんだん)は双葉より芳(かんば)し」だったと言えるのでは?

さて、わたしは第1行目にカンフーと書きましたが、正確には、彼が身につけていた武術は「截拳道(ジークンドー)」というものであり、本人自身が当該武術の創始者でした。

創始者は截拳道を熱心に説明しつつ、

截拳道とは何か。(中略)それは「流派の違いを無視した中国のマーシャル・アーツ、形式化をこばむアート、伝統から自由なアートである」と、ただちに叙述が続く。「截拳道の機能は、縛ることではなく、解き放つこと」である。(pp.168)

武道の究極は確実な型をもたないことであると、李小龍は繰り返し説いている。特定の型が権威として踏襲されたとき、そこに生じるのは退廃である。「ステレオタイプ化されたテクニックの排除」と、彼は書きつける。「蓄積とは自閉的な抵抗であり、華やかなテクニックはその抵抗を強める」とも。こうして先行するあらゆる武術を踏まえたうえで、いかなる限定ももたない術として截拳道が提唱され、JKDと略称されることになる。(pp.170)

こう書いています。

以上を読み、なんとなく、わたしのなかでの「ブルース・リー像」が、

中島敦著『名人伝』(収録:中島敦著『山月記・李陵』)、岩波文庫(1994年)

の主人公およびプロ野球イチロー選手を足して2で割ったような感じになりました。

まさに「わが時代の白眉」と仰ぎたくなる人物です。

ところで、『ブルース・リー』書では、ややもすれば著者(1953年生まれ)の分析が高レベルに突進しがちで、例をあげると、

たとえば『サタデー・ナイト・フィーバー』でジョン・トラボルタ演じる主人公の狭い自室の壁に、ヌンチャクを手にした李小龍の巨大なポスターが貼られていることを指摘しておけばいいだろう。イタリア系の貧しいペンキ屋職人の青年にとって、李小龍こそは民族差別を覆し、世界の矛盾を一気に燃え上がらせてくれる恍惚のヒーローだったのである。(pp.338)

過日、パレスチナの難民キャンプを訪れていたわたしは、そこでも露店で海賊版のVCDが売られていることを知った。ジェームズ・ディーンが世界中の若者にとって、父親に代表される旧社会への抵抗を象徴する存在として神格化されたように、李小龍は政治的に周縁的な場所に立たされ、民族的矜持に燃える全世界の若者にとって、輝かしい抵抗を具現化する存在として、今日なお畏敬されている。(pp.352)

ブルース・リーはドイツ人の血が4分の1入っていた東洋系。

活躍した香港でも、深い縁を有したアメリカでも、おそらく「民族差別」を経験したのち「民族的矜持に燃える」ような場面があっただろう、と想像します。

ですので、引用内のご指摘が的はずれとは思いません。

けれども、彼の人気を考察するにあたって、民族性あれこれより、まず、男が洋の東西にかかわらず、時代の今昔にもかかわらず、なべて「強い者にあこがれ、自分も強くなりたいと願う」傾向に照らし合わせながら、論を展開してゆくべきだったのではないでしょうか。

金原俊輔