最近読んだ本314

『誰も見ていない書斎の松本清張』、櫻井秀勲著、きずな出版、2020年。

松本清張(1909~1992)。

昭和時代を代表する国民的作家のひとりでした。

わたしは約40年前に、東京は小田急線・下北沢駅の駅前で、ご本人をお見かけしたことがあります。

「作家は絶えず旅をすべきである」というサマセット・モームの言葉を戒(いまし)めとしていた松本清張は、旅だけでなく現場取材も丹念だったし、電話取材も巧みだった。(pp.94)

そのとき現場取材をなさっていたのかもしれません。

やや小柄で、がっしりした体付き、上等そうなグレイのオーバーコートを着ておられました。

『誰も見ていない~』は、彼の担当編集者だった櫻井氏(1931年生まれ)による、松本清張追想記です。

作家と担当者の関係を超え、年齢差も超えて、両者のあいだに親しみそして信頼感が芽生え発展してゆく様子が、温かく描かれていました。

興味深い逸話がいくつも登場してきます。

結局、清張さんはユーモア小説の路線は敷けなかったが、この分野が二人のあいだの真剣な夢であったことは、誰も知らない。(pp.91)

清張さんの歩き方は、後年の文豪然としたゆったりした様子からは想像できないほど、せかせかしたものだった。(pp.115)

私が驚いたのは、清張さんは英会話に堪能(たんのう)だったことだ。(pp.167)

清張さんから教えられた知識のふやし方で、私が便利に、いまでも使っている秘密の方法を書いておこう。
「一度に三つ覚えなさい」
というものだ。
これはどういうことかというと、一例として「始祖(しそ)」の字を国語辞典で引くとしたら、その前の「自然淘汰(しぜんとうた)」と、その後ろの「紫蘇(しそ)」の字も覚えてしまえ、というのだ。
こうすると、人の三倍の知識量になるという。(pp.169)

有名人を題材にした高度なエピソード集という印象をもちました。

ところで、わたしは松本が書いた歴史小説および時代小説のファンです。

彼のミステリーはせいぜい3~4冊に目を通した程度、ノンフィクションにいたっては接した記憶がありません。

歴史ものや時代ものならば、ほぼ全作を読了しました。

どちらかというと松本清張という名は、推理作家としてのほうが強くなってしまったが、もとはといえば歴史・時代小説作家である。(pp.89)

どうやら彼の本領の部分を好いているみたいで、ちょっと誇らしいです。

まさに「文豪(pp.115)」でした。

最後の感想。

私が清張さんのお宅に初めて伺ったのは、昭和29年の秋だった。練馬区関町の家である。(pp.131)

ずっと後になって、わたしも偶然ながら練馬区関町に住みました。

松本清張とわたしは、時間の隔たりがあったとはいえ、練馬のあちこちを「点と線」のように交錯しつつ歩いたのではないか、こう想像します(無理矢理の駄ジャレに失敗しました)。

金原俊輔

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