最近読んだ本355

『「高学歴ワーキングプア」からの脱出』、水月昭道著、光文社新書、2020年。

「高学歴ワーキングプア」とは、博士号を取得したものの希望する大学専任教員になれず、非常勤講師職や一般的アルバイトなどで糊口をしのいでいらっしゃる、社会的・経済的に苦しい立場の方々を指します。

水月氏(1967年生まれ)も当事者のおひとり。

高学歴ワーキングプアの正確な人数は明らかになっていませんが、かつて「全国で1万2500人」なる試算がありました(2005年5月2日『読売新聞』夕刊)。

現在はおそらく数倍、もしかすると十倍以上、でしょう。

こうした人たちが直面している困難を詳述した、

水月昭道著『高学歴ワーキングプア:「フリーター生産工場」としての大学院』、光文社新書(2007年)

水月昭道著『ホームレス博士:派遣村・ブラック企業化する大学院』、光文社新書(2010年)

わたしは多大な関心と共感をもって読みました。

今回の『「高学歴ワーキングプア」からの脱出』。

水月氏としては「区切り(pp.15)」「打ち止め(pp.164)」のご意向で上梓された、学術界ドキュメントです。

深刻で身につまされる内容でした。

優秀な学究諸氏なのに、こういう境遇を甘受せざるを得ないとは……。

以下の引用は、非常に残念ながら自死を選んだ、ある研究者のお話です。

高学歴ワーキングプアとして長らく過ごすうちに、いつの間にやら年を取っていた。その間、教員の新規補充はほとんどなされず、非正規教員によって大学業務は回っていた。それでも縁の下を支えているという自負だけが毎日を乗り越える力となっていた。(中略)
上位校から派遣されてきた新しい教官はまだ30歳手前の若さであった。教育歴も研究歴も自分らの足元にも及ばないはずだが、肩書きは准教授である。部下としては表向きには指示を仰がねばならない。「Kさん、悪いけどこれやっといて」といった日々がはじまる。(中略)
50歳手前になるまで非正規雇用の立場であったのだ。いまさらどこに正規雇用される道があるというのか。(pp.161)

ついに自ら命を絶つお気もちが生じました。

高学歴ワーキングプア層の自殺者数そして行方不明者数は、他職種にくらべ遥かに多く、彼ら・彼女らがどれほど厳しい状況に置かれているのかが窺えます。

著者は本書のみならず前作や前々作でも種々のご提案およびご助言をなさり、問題改善に心血をそそぐ姿勢を堅持されていて、敬服します。

2020年現在、まだ定職には就いていらっしゃらない由でした。

わたしの場合は、博士号を取得してから大学教授になるまで、約7年間、フリーター生活をおくりました。

ある教授と雑談に興じていると、
「水月先生は学位を取得されてからどのくらい経ちますか」と尋ねられた。
「そうですね、7年くらいでしょうか」と、答えた時の相手の顔といったらなかった。
(中略)
我々にとってはむしろそれが普通だったので、取り立てて重く受け止めることもなかった(後略)。(pp.107)

わたし自身、まったく不本意ではありませんでした。

なにしろ、大学・専門学校の非常勤講師としてだけでなく、時給が高額なカウンセラーやスクールカウンセラーとしても働いていたので、7年のあいだ、いわゆる「プア(低所得者)」ではなかったのです。

ワーキングプアにならないよう独自の努力をしたわけではありません。

裕福になれる能力だの資質だのを有していたのでもありません。

たまたま日本社会が臨床心理学者それにカウンセラーを必要としてくれたおかげです。

お金の心配をせず論文執筆に時間を費やすことができ、欲しい専門書も存分に購入しました。

そのうえ、とうとう決定した勤務先は、転地の必要がない長崎県諫早市の長崎ウエスレヤン大学。

わたしは有力大学・有名大学を出ていないのに、貧乏を経験せず、願いどおり地元で教授に採用されて、しみじみ「自分は幸運だった」と(喜びを噛みしめつつ)受け止めています。

そんなわたしが『「高学歴ワーキングプア」からの脱出』を評したり、高学歴ワーキングプア当事者の皆さまに向かって発言したりするのは、不遜に過ぎると思いますので、本稿はこれで終了いたします。

金原俊輔

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