最近読んだ本402

『美麗島プリズム紀行』、乃南アサ著、集英社、2020年。

美麗島(びれいとう)とは、台湾の古称。

『美麗島プリズム紀行』は、作家の乃南氏(1960年生まれ)が台湾へ旅行し、現地で体験した事柄をまとめられた作品です。

台湾紀行的な書籍自体は日本であまた出版されており、わたし自身それらをかなり読んできました。

上掲書の場合、乃南氏がいわゆる「外省人(がいしょうじん)」とも会ってお話を伺っている点に、新鮮味および深さが感じられます。

前出の外省人なる言葉ですが、台湾に「戦後、大陸から渡ってきた(pp.32)」人々を指した表現です。

概して「反日」でいらっしゃるため、過去の訪台紀行文では邦人執筆陣が彼ら・彼女らを敬遠し、その結果、文中、外省人たちの意見や生活がほとんど紹介されない成り行きがめずらしくありませんでした。

乃南氏は果敢に面談を申し込み、

老人は座っていた。(中略)
直観的に「ああ、まずいところに来た」と思った。自分から望んだこととはいえ、ここへ来るべきではなかったかも知れないと。(中略)
この人は私を歓迎していない。そのことが、ピリピリと伝わってくる。(pp.203)

こうした出迎えを受けつつ、たっぷり日中戦争の実相をお聞きになりました。

作家魂を示したとでもいうべき態度で、敬服いたします。

『美麗島~』内には台湾の艱苦(かんく)の歴史に関する章も設けられていました。

しかし、けっしてそういう重たい話題ばかりではなく、本書には台湾らしい穏やかで情感ただようエピソードも当たり前のように登場してきます。

一例をあげれば、著者が苗栗県の山中に位置する南庄郷をブラブラなさっていた折、とある食堂の壁に乃木将軍の顔が大きく描かれているのを見つけられました。

乃木希典(1849~1912)は1年半ほど台湾に赴任していたのですが、当時、南庄郷には不便な急坂があったそうです。

そこで乃木は自らのポケットマネーから50元を出して、その急斜面に石段を造らせた。人々は大いに喜んで、石段を「乃木崎」と名付けたという。「崎」というのは坂の意味だそうだ。
「つまり、これこそ本当の乃木坂なんだ」(中略)
この小さな石段が、現代に至るまで地域の人々に利用され、愛され続けていると分かったら、きっと本人も喜ぶに違いない。(pp.192)

台湾と日本のお互いを尊重し合う姿勢を嬉しく思わずにはいられません。

それにしても著者はずいぶん足しげく台湾へ向かわれているご様子で、そんな心証を抱いて「あとがき」に到達したところ、2020年に発生したコロナ禍までは「毎月のように(pp.318)」同国への旅路に就いていた、とお書きになっていました。

よほど強い愛着をおもちなのでしょう。

台湾各地に新旧の日本製建築が散在している由なのですが、

そのことを、台湾人たちは忘れていない。
「あ、あれね。あれは日本のね」
と、自慢気に語る彼らの表情に接するときが、こちらとしても嬉しいときだ。(pp.226)

こうした胸キュンな瞬間に遭遇するからこそ台湾行きが止まらない?

新型コロナウイルス感染症拡大で海外への渡航が制限されてしまっている現今、乃南氏はさぞかしおつらいのではないでしょうか。

金原俊輔

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