最近読んだ本253

『トークンエコノミービジネスの教科書』、高榮郁著、KADOKAWA、2019年。

2019年5月3日の『長崎新聞』に「独自の『社内通貨』健康支援」という見出しで、ロート製薬の取り組みが紹介されていました。

ロートの健康コイン「アルコ」は今年1月にスタート。
例えば従業員は1日8千歩の歩行と20分の早歩きを達成すれば10コインを獲得でき、30分以上の運動を週2回こなせば50コインがもらえる。
たばこを吸わない人には毎月500コイン、禁煙を達成した場合は1万コインが付与される(後略)。
獲得したコインは千コインで健康食ランチに使えるほか、2千コインからリフレッシュ体験に利用できる。
ピロリ菌検査(千コイン)や前立腺がん検査(500コイン)など幅広いメニューがあり、1万コインで1日分の特別休暇も取得できる。(pp.6)

わたしはこの記事を読んだときに「ああ、トークンエコノミーを応用しているな」と思いました。

トークンエコノミーは、わたしが専攻する行動療法の技法のひとつで、「代用貨幣を用いた経済」という意味。

人が望ましい行動をとったとき(してほしいおこないをしたとき)、あるいは望ましくない行動をとらなかったとき(してほしくないおこないをしなかったとき)、その人に何らかのトークン(代用貨幣)が与えられる、そしてトークンが一定数に達したら褒美・物品・称賛・権利などに交換することができる、こうした仕組みです。

これによって、望ましい行動の増加、望ましくない行動の減少、を図ります。

商店街あるいはスーパーが発行しているクーポン券や航空会社のマイレージ・サービスは、トークンエコノミーの一種です。

学校を全く休まなかった卒業生に「皆勤賞」を与えることもトークンエコノミーといえます。

クーポン券だのマイレージだのは消費者へ一方的にプレゼントされる代用貨幣ですが、行動療法におけるトークンエコノミー法は相談者とカウンセラーの綿密な話し合い・同意に基づいて実施されます。

むずかしい話になりました。

その後、わたしがロート製薬の件をうっすら忘れたころ、今度は書店のビジネス・コーナーで『トークンエコノミービジネスの教科書』と遭遇したのです。

「またトークンエコノミー? 最近、トークンエコノミーが流行っている?」

嬉しかったです。

嬉しかったものの、不安もおぼえました。

というのは、かつて(失礼ながら)行動療法をあまり理解なさっていない人物が行動療法の技法「アサーション・トレーニング」に関する本を出版され、その本はベストセラーとなって日本社会に一定の好影響をおよぼした反面、本のなかでオペラント条件づけの強化や罰とりわけ人それぞれに異なる強化刺激・罰刺激が言及されていなかったせいで実際にアサーションぶりを身につけた読者は多くなかっただろう、と推測されるできごとがあったからです。

行動療法家としては、自分たちが信奉する技法はより正しいかたちで世に流布してほしい、と希望しているわけです。

再度むずかしい話をしてしまいました。

いずれにしても、わたしはそんな流れで『トークンエコノミービジネスの教科書』に対しても「大丈夫だろうか」という懸念を抱きました。

しかし、読んでみると、おおむね大丈夫でした。

高氏は韓国ご出身の男性、日本で「ロケットスタッフ」なるIT企業を創業され、ご活躍中のかたです。

書内のいくつかの文章をとおし、氏がトークンエコノミーを相当レベル自家薬籠中のものとなさっていることがわかりました。

たとえば、つぎの一行。

アイドルグループで行われている「総選挙」システムです。(中略)
これも、投票用のチケットという「トークン」を介した、一種のトークンエコノミーだといえるでしょう。(pp.90)

わたしは男子大学生たちが「AKB総選挙」を熱く語る場面を何度も見聞きしたのに、その選挙法がトークンエコノミーだという事実に気づきませんでした。

高氏に敬服します。

本書では地域再生や仮想通貨(暗号資産)などにトークンエコノミーを当てはめる種々のアイデアが述べられました。

一度カスタム・トークンの配布が終われば、カスタム・トークンによる取引は自動的にブロックチェーン上で管理され、以後、開発者たちがメンテナンスをする必要がなくなるのです。(pp.53)

知識がないため、わたしにはこうした話の意味がさっぱりわからず、舌を巻くだけです。

ビジネスと心理学を結びつけた斬新な書物でした。

ただ、ビジネス領域にてトークンエコノミーを用いる場合、トークンエコノミーの理解だけでは不十分で、オペラント条件づけそれ自体をしっかり把握しておくべき、そうすればますますビジネスの発展に資する、とも感じました。

とくにオペラント条件づけ「部分強化」の発想を有しておくほうがビジネス上の効果継続に貢献することでしょう。

あと、「遅延強化」「遅延罰」の問題も……。

金原俊輔

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