最近読んだ本484:『無敵の読解力』、池上彰、佐藤優 共著、文春新書、2021年

池上氏(1950年生まれ)および佐藤氏(1960年生まれ)が「多数の書籍を読み解き、その現代的意味を考える(pp.4)」目的でおこなった対談を、書籍化したものです。

当該対談では「現代的意味」のために、仕事、外交、東京オリンピック、日本人論、などのテーマを取りあげ、意見交換をなさいました。

どちらの著者も大変な読書家で、いわば「読解力」の権化、ご発言に知識の裏づけがあり、ほとんどの人が耳にしたことがないであろう新奇な話題も話されて、『無敵の読解力』は頗(すこぶ)る勉強になりました。

メディアで活躍されている両氏が日々どうやって読書の時間をつくっておられるのか、わたしには謎。

しかも読了に時間がかかりそうな本ばかり読んでいらっしゃる……。

そんな池上氏や佐藤氏、昨今の政治家の読書量や読書傾向は、黙認できないご様子です。

その結果、第4章「愛読書から見るリーダー論」にて辛辣な批判を展開なさり、辛辣な批判でありすぎたので、わたしは笑いを誘われました。

たとえば、立憲民主党の代表だった枝野幸男氏の読書歴を、

佐藤  いちばん凄いなと思ったのは小泉さんではなくて枝野さんなんです。これほど空虚な人も珍しいという意味ですけど。
池上  実は、私もそう思いました。
佐藤  小児喘息で運動神経が悪かったので、読書に走った。伝記物を乱読して、豊臣秀吉、徳川家康、キュリー夫人ときて、小学校3、4年生から新聞を熱心に読むようになった、と。それはよくある、ありきたりな話ですよね。(中略)
池上  中学・高校はコーラスに熱中して、高校では校内弁論大会に出ていたと。(中略)
池上  それから、司馬遼太郎の『坂の上の雲』『花神』から海音寺潮五郎の『海と風と虹と』、渡辺淳一に進んだ。学術書の類は一冊も出てきません。
佐藤  そこが問題なんです。(中略)自分の幅と底が薄いと思ったら、それをどうやって埋めるかを考えるんじゃないんですか。(pp.178)

ばっさり切り捨てました。

同感です。

学術書など難解な書物を苦労しつつ読む行為が日常となっていない政治家に、わたし自身、つい、幅の狭さ、底の浅さ、を感じてしまうのです。

大を成した政治家たちの伝記・回顧録をひもとくと「例外がない」と言ってよいほど読書家ぞろいで、敬愛の念を抱きます。

それにしても『無敵の読解力』に登場してくる政治家諸氏が語ったおびただしい数の本を、池上氏も佐藤氏もとっくに卒読していらっしゃる事実に、わたしは舌を巻きました。

いったいどれくらいの読書量なのか。

わたしとて本は好きなほうですが、おふたりにはとうていかないません。

池上  私のように1970年代前後の大学生だと、せめてこれぐらい読んでいなければ恥ずかしい、みたいなものがあったんですよ。ほとんどの政治家からそれは感じ取れないし、今の大学生にもないですよね。
佐藤  それは映画に関してもそうです。映画でも音楽でも、みんなが共通して体験しているものって少ないですよ。それほど知的な好奇心が衰えているということなんです。(pp.203)

わが国の、とりわけ大学生たちに目立つ「知的な好奇心」の衰えは、そして、そのあらわれといえる活字離れは、わたしも案ずるところです。

このところ日本社会には反知性主義が蔓延しているのではないか。(pp.4)

蔓延しているでしょうし、そもそも「反知性主義」という言葉すら知らない、意味もよく解せない、反知性主義呼ばわりされても気にならない、改めようとは思わない、そんな人が多いのではないでしょうか。

金原俊輔