最近読んだ本562:『ずばり池波正太郎』、里中哲彦 著、文春文庫、2023年
「よくまあ、こんな良い本に出会えたもんだ!」と満悦することが、読書の喜びの一部をなしています。
わたしにとっての『ずばり池波正太郎』は、まさしくその種の感慨を催される読物でした。
池波正太郎(1923~1990)。
昭和期に時代小説を執筆していた人気作家です。
標掲『ずばり池波~』は、池波の作家としての人生を、作品吟味を織り交ぜつつ解説した、評伝かつ書評集でした。
同書籍を「はじめに」から第一話「遠い日の幻影」にかけて読みだすや、著者である里中氏(1959年生まれ)の考察力および文章力に瞠目させられ、「この本、ただごとではないぞ……」という気分になってきます。
さらにページを繰るうち、池波がどれほど教養人だったかがじわじわ浮かびあがり、ひとつひとつの作品で味わうべきポイントも適宜明示され、それらを浮かびあがらせ明示する作業に成功している里中氏も教養をおもちで味わいがおありのかたなのだろう、との推測に行きつくような展開でした。
氏は、池波が江戸時代の終盤に実在した剣士を主人公とする『幕末遊撃隊』を発表した件で、
書くべき人と書かれるべき人が幸運な出会いをすると、こんな傑作が生まれるという好例です。(pp.118)
こう認(したた)められています。
引用の言葉はそのまま「池波-里中」の組み合わせに当てはまると道破できるのではないでしょうか?
また、『ずばり池波~』随所に、
一般に広く知られている「仕掛人」は、正太郎の造語です。(中略)
そのほか、「お盗(つと)め」「勘ばたらき」「引き込み」「草の者」(忍者)……、数えあげたらきりがない。(pp.250)
といった、あまり周知されていない情報が含まれていて、左記も本書の特長です。
それはさておき、わたし自身池波正太郎の大ファンであり、若かったころ彼の作品を多読しました。
池波正太郎 著『鬼平犯科帳』シリーズ、文藝春秋(1968年~1990年)
池波正太郎 著『剣客商売』シリーズ、新潮社(1973年~1989年)
池波正太郎 著『雲霧仁左衛門』、新潮社(1974年)
などが好きです。
心酔していた作家ながら没後30有余年、当方「もう世間に忘れられているのでは?」と案じていましたが、今回、人物評・書評が渾然一体となった本で力をこめて語られて、嬉しく思いました。
欲をいえば、里中氏は池波の小説に加え映画化あるいはテレビ化された作品も論じていらっしゃるのですから、マンガ化された作品群とてあつかってほしかった……。
池波正太郎 原作、さいとう・たかを 作画『鬼平犯科帳』シリーズ、文春時代コミックス(1994年~2022年)
なる長寿マンガ。
わたしは全巻目をとおしたわけでないものの、相当な名作と見て構わないでしょう。
金原俊輔