最近読んだ本646:『東京アンダーワールド』、ロバート・ホワイティング 著、角川新書、2024年
ホワイティング氏(1942年生まれ)は、わたしが若かったころから高名だった作家です。
今回、初めて氏のご著書を読みました。
タイトル内の「アンダーワールド」とは「暗黒街」を意味します。
『東京アンダーワールド』は、二コラ・ザペッティ(1921?~1992)というイタリア系アメリカ人男性を狂言回しのような位置に置き、彼を中心に、1940年代中盤の敗戦時から1990年代にいたるまでの東京の変遷をたどった「奇想天外な戦後史(pp.562)」。
登場人物は怪しげな面々ばかりでした。
ザペッティ自身もまた怪しげで、しかしどこか間が抜けていて、愛嬌も感じさせられ、憎めません。
1945年8月下旬(つまり、わが国の降伏直後)、24歳だったザペッティは米軍下士官として来日しました。
除隊後も本邦滞在を継続し、プロレスで「インチキガイジンレスラー(pp.82)」を演じたり、「帝国ホテル・ダイヤモンド盗難事件(pp.87)」に関わりをもったり、「東京のヤミ社会(pp.141)」の顔役となったりしたのち、1956年にレストラン「ニコラス」を開店。
日本で初めて「アメリカンスタイルのピザ(pp.117)」「本物のアメリカンピザ(pp.118)」を提供しだしたのです。
ピザレストラン事業は成功しました。
とはいえ、それ以降もザペッティの毎日は波瀾万丈。
まるでピカレスク小説の主人公であるかのような悪漢ぶりを示しながら、世間の表と裏をエネルギッシュに渡ってゆきます。
著者ホワイティング氏の文章は軽快でした。
本書は、ザペッティや仲間たちを別にしても情報量が多い読物であり、ひとつの例として「コパカバナ」なる赤坂の高級クラブを語っている箇所で、
アーチ状の重厚な玄関前には、毎晩、ぴかぴかの黒いリムジンが滑るように入ってくる。三井物産という大手商社のアメリカ支店長をつとめていた、一般市民時代のリチャード・ニクソンは、商談のために東京を訪れると、かならずここへ連れてこられたという。(pp.186)
第37代アメリカ合衆国大統領がかつて三井物産に雇用されていたとは、当方、存じておりませんでした。
不良外人という言葉ができた経緯、コカ・コーラが日本で成功した理由、プロレスラーの力道山が暴力団員に刺された日は(その22年前に)日本が真珠湾攻撃をした日と同じ12月8日だった件、などについての記述もあり、豆知識となりました。
おまけに読者の固定観念を粉砕するような指摘も少なからず含まれています。
たとえば、わたしは日本経済が発展した理由として、諸外国と比べ賄賂(わいろ)があまり横行しなかったおかげではないか、と想像したことがありました。
けれども、敗戦したばかりの時期に、
ルーインが、日本の政治家に2万5千ドルの賄賂を握らせた(これは、占領後初の賄賂として、記録に残っている)。すると当局は、ルーインが銀座にクラブを開店するにあたって、見て見ぬふりをしてくれた。(pp.67)
1970年代後半には、
アメリカの大手航空機製造会社も、それを販売する貿易会社も、さらには日本の役人も、その役人たちにそそのかされた産業界のリーダーたちも、みんながみんな賄賂にどっぷりとつかっていた。(pp.284)
まだ記憶に新しい、1993年の事案、
大蔵省や日銀の上級官吏たちが、企業を指導するという本来の任務を忘れ、企業トップから賄賂や接待を受けていた事実が発覚している。(pp.427)
日本は他の国々と何ら違っていなかったわけです。
金原俊輔