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『性格スキル:人生を決める5つの能力』、鶴光太郎著、祥伝社新書、2018年。

人間の性格を理解するために、心理学はアメリカのルイス・ゴールドバーグ博士(1932年生まれ)が提唱した「ビッグ・ファイブ(特性5因子モデル)」説を重視しています。

ビッグ・ファイブとは「性格を決定する5つの大きな要因」を意味します。

人の、

○外向性
○調和性
○誠実性
○神経症的傾向
○経験への開放性

のことです。

鶴氏(1960年生まれ)は、上記のうちの調和性を「協調性」、誠実性を「真面目さ」、神経症的傾向を「精神的安定性」、経験への開放性は単に「開放性」、と訳されました。

したがって、氏によるビッグ・ファイブは、

○外向性
○協調性
○真面目さ
○精神的安定性
○開放性

こうなります(まちがっていませんし、むしろ鶴氏訳のほうが分りやすいと思います)。

氏はビッグ・ファイブを包含する概念として「性格スキル」の語を用いられました。

そして、性格スキルのうち、たしかにビッグ・ファイブが重要であり、それら5つこそが人の人生の良し悪しを決めるとしたうえで、なかでも「真面目さが最重要」と主張されました。

鶴氏の主観的な主張ではなく、たくさんの研究者たちがおこなった諸研究結果に基づく主張です。

援用された研究は多様でした。

まず、真面目さと「仕事の成果」の関連を調べた研究を見てみましょう。

関連の強さでは、ビッグ・ファイブの中で「真面目さ」が一番高いことがわかる。
また、この研究は、「真面目さ」の重要性は仕事の種類や特徴にはあまり依存せず、広範な職業に影響を与えることも明らかにしている。実際、職種ごとに上記の「真面目さ」と仕事の成果との相関係数を求めているが、職種ごとの違いはほとんどみられない。(pp.58)

どんな仕事内容であっても真面目に取りくんだ人が成果をあげる、というわけです。

つぎに、寿命との関連。

性格スキルと寿命の関係の強さを比較した研究によれば、「真面目さ」が寿命との関係においてビッグ・ファイブの中でも最も強い因子であることがわかった。(pp.64)

さらには、犯罪。

ビッグ・ファイブの中で将来の犯罪と関係が強い性格スキルは、やはり「真面目さ」と「協調性」である。(中略)犯罪を起こさないためにも「真面目さ」と「協調性」を高めることが重要であるのだ。(pp.65)

学校における「不登校などの問題行動」と「将来の賃金」の関係を調査した研究紹介の際は、

どんなに学校時代の成績が良くても、学校時代に問題行動を起こしていればその分、将来の賃金は低くなるということを意味している。(中略)不登校、遅刻、宿題の未提出という行動はビッグ・ファイブにおける「真面目さ」に欠けていることを意味すると考えられる。(pp.99)

こうしたデータもある由です。

わたしは不登校のご相談を受けるスクールカウンセラーですので、学校へ行っていない児童生徒の今後が心配になりました。

著者は心理学者ではなく経済学者です。

にも関わらず、ご自身の関心にしたがって心理学を勉強され、ビッグ・ファイブをここまで深く知悉されました。

脱帽します。

心理学者のわたしが知らない情報が多々本書内で語られていました。

たいへん参考になりました。

ところで著者は、むかしの「徒弟制度」が人々の真面目さ・協調性・精神的安定性を培った面がある、とお考えです。

徒弟制度はもともと中世ヨーロッパの手工業ギルドにおいて、親方・職人・徒弟の3階層によって技能教育を行った制度をいう。(中略)
日本の年季奉公・丁稚(でっち)などの制度も徒弟制度の一種といえる。(中略)
職人として一人前になるため必要な技術、専門的なスキルに留まらず、仕事をさぼらない、他人とうまくやる、根気よく辛抱強く仕事に取り組む、といった「真面目さ」、「協調性」、「精神安定性」に関わる性格スキルが叩き込まれていたことが重要だ。(pp.130)

ここまで読んだときに、ハッと思い当たることがありました。

経済学者マックス・ヴェーバー(1864~1920)の言説です。

ヴェーバーは、キリスト教プロテスタント信者に顕著な生活態度・心的態度・倫理的態度をまとめて「エートス」と呼び、エートスが近代資本主義を発展させる原動力になった、と述べました。

マックス・ヴェーバー著『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』、岩波文庫(1989年)では、

倫理的な色彩をもつ生活の原則という性格をおびている。本書では、「資本主義の精神」という概念を、このような独自の意味合いで使うことにしようと思う。(中略)
論じようとしているものがもっぱらこの西ヨーロッパおよびアメリカの資本主義だということは、問題の立て方に照らしても自明なことだからだ。
「資本主義」は中国にも、インドにも、バビロンにも、また古代にも中世にも存在した。しかし、後に見るように、そうした「資本主義」にはいま述べたような独自のエートスが欠けていたのだ。(pp.45)

このエートス、けっこうビッグ・ファイブに近いものではないでしょうか。

近いとしたら、しっかりした徒弟制度がヨーロッパや日本などにおいて見られ、国内に浸透しており、国民のビッグ・ファイブ(とりわけ真面目さ・協調性・精神的安定性)を育んだ、そのおかげで、そうした国々が資本主義国家として栄えることができた……、以上のような説明ができるかもしれないのです。

とはいえ、わたしが接したヴェーバーの著作は既出の一冊にかぎられます。

ほかでは長部日出雄著『二十世紀を見抜いた男:マックス・ヴェーバー物語』、新潮文庫(2004年)を読んだだけなのです。

乏しい知識を総動員して、心理学から経済学のほうへ浅見を提示させていただきました。

金原俊輔

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