最近読んだ本617:『日本の歪み』、養老孟司、茂木健一郎、東浩紀 著、講談社現代新書、2023年
養老氏(1937年生まれ)、茂木氏(1962年生まれ)、東氏(1971年生まれ)、わが国を代表する知性と言っても過言ではない識者3名が語り合った、中身が濃い時事・歴史鼎談です。
談話の根底に流れているものは「日本社会の歪み(pp.4)」そして「生きにくさ(pp.179)」に関する問題意識でした。
みなさん東京大学ご卒業で、頭脳明晰、博覧強記、やはり東大出身者は別格と感じさせられます。
わたしは本書を読みつつお三方の広範な知識や鋭い分析能力や機転を利かしたやりとりに劣等感をおぼえました。
唯一、
茂木 人間には「自由意志」は実体としてはなく、すべては幻想であるとも言えます。(後略)
東 僕も究極的には自由意志はないと思っています。
茂木 養老さんは自由意志はあると思いますか?
養老 ないない。(pp.48)
当方も心理学の勉強をとおし、たとえば、
宮城音弥 著『人間性の心理学』、岩波新書(1968年)
スティーブン・ピンカー 著『人間の本性を考える:心は「空白の石版」か』、NHKブックス(2004年)
マイケル・ブルックス 著『まだ科学では解けない13の謎』、草思社(2010年)
などの影響を受けた結果「自由意志は虚構に過ぎない」との所懐を有していますので、嬉しくなりました。
東 そうです。「自由意志は後付けだ」という自然科学的な認識と、「自由意志はある」という法的・社会的な制度上の要請は、全く両立するということです。(pp.51)
お見事な整理。
以上、『日本の歪み』はひもとく価値が大いにある本でした。
ただし、ごくわずかながら疑問を抱いた箇所があったので、これより抜粋します。
まず、
養老 そういう日本の特性というのは、こんなに狭いところに人が大勢いることが原因だと思います。こんなに人口密度が高い世界ってないですよ。上海や北京を見るとやたら人がいるけど、中国なんて脱税で捕まりそうになったらどこかに逃げてしまえる。(後略)(pp.187)
鼎談は2021年前後におこなわれたと想像され、そのころの中国の大都市に比べ日本の東京のほうが人口密度が高かったのは、確かです。
とはいえ、当時すでに、かの国は監視カメラおよびAIを濫用した重苦しい監視国家になっており、国民が「どこかに逃げてしまえる」余地はほとんどない状況へ突入していました……。
つぎです。
書中、茂木氏は幾度かトラウマの語を使われ、第三章「維新と敗戦」では、
茂木 トラウマは結局、大きくなって戻ってきたのですね。無意識に抑圧された記憶は、伏水に潜む竜のように、必ず暴れて復讐する。(pp.75)
俗流心理学者のごとき発言をなさいました。
反論させていただきますが、トラウマを何らかの病状・事象の原因と見なすのは非科学的という指摘が多々あり、
シドニー・ウォーカーⅢ 著、『狂気と正気のさじ加減:これでいいのか精神科医療』、共立出版(1999年)
この本もトラウマ概念を都合よくふりまわす専門家たちに厳しい注意を促しています。
また、茂木氏がおっしゃった「無意識に抑圧された記憶」とやらは存在せず、存在していない真実を知るために、
E・F・ロフタス、K・ケッチャム 共著『抑圧された記憶の神話:偽りの性的虐待の記憶をめぐって』、誠信書房(2000年)
上記の名著が参考となるでしょう。
「脳の研究をしている立場(pp.48)」に立っておられる茂木氏ですので、用いる言葉を選ぶべきでした(そもそも、多くの人が人生で大なり小なりトラウマになるようなできごとを体験していると考えられ、かといって、あちこちで体験が「竜のように、必ず暴れ」たりなどはしていないのです)。
3つ目。
これは見解の相違に過ぎないものの、養老氏・茂木氏・東氏が台湾有事を検討される途次、
東 米軍では2025年までに起こるというメモが回っているらしいですが、そうなると大阪万博と重なることになりますね。東京五輪はコロナで、大阪万博は戦争でとなったら目もあてられない。(pp.204)
台湾有事は日本の危機につながる、あるいは、台湾有事それ自体よりも前に九州や沖縄が狙われかねない……との想定から、わたしはもしそんな状況にいたった場合は大阪万博がどうなろうと全然構わないと思っています。
したがって「目もあてられない」とは感じません。
金原俊輔