最近読んだ本297

『渋沢栄一 人間の礎』、童門冬二著、集英社文庫、2019年。

渋沢栄一(1840~1931)は、明治時代・大正時代に活躍した実業家。

500社を超える会社の設立に関与したそうです。

そのうちのひとつ、群馬県の富岡製糸場は、2014年に「世界文化遺産」として登録されました。

ほかは、

東京瓦斯(現在の東京ガス)、東京海上火災保険(現在の東京海上日動火災保険)、王子製紙(現在の王子製紙、日本製紙)、田園都市(現在の東京急行電鉄)、秩父セメント(現在の太平洋セメント)、帝国ホテル、麒麟麦酒(現在のキリンホールディングス)、サッポロビール(現在のサッポロホールディングス)、東洋紡績(現在の東洋紡)、大日本製糖など、(後略)。(pp.259)

押しも押されもせぬ大企業ばかりです。

本書はそんな日本経済界黎明期の巨人・渋沢栄一の足跡をたどった作品でした。

わたしが過去に読んだ、渋沢が主人公となっている歴史小説は、

城山三郎著『雄気堂々』、新潮社(1972年)

この一冊だけです。

とてもおもしろく、感動したことをおぼえています。

童門氏の著作物に接するのは今回が初めてだったのですが、こちらのほうもおもしろくて、読書の時間を楽しみました。

城山氏や童門氏の作家としての力量が高いからばかりではなく、渋沢が、後世のわれわれが学ぶべき深い懐(ふところ)を有した人物だったからなのでしょう。

『渋沢栄一 人間の礎』の最終章「貫き通した『論語とソロバンの一致』」において、それが如実にあらわれています。

栄一の言葉を借りれば、
「論語とソロバンの一致」
であった。(中略)
「孔子の精神で、商業を営め」
ということだ。ということは、
「多くの人々の利益を志す商売を行なわなければならない。自分だけ勝手に、ガリガリ亡者の儲け主義になってはならない」
ということだ。これは、もっと広げて考えれば、
「したがって、商業も多くの人たちと手を取りあって、公益のために努力しなければならない」
ということになる。(pp.237)

個人的には孔子だの『論語』だのをあまり尊重していないものの、渋沢がめざした頂(いただき)は非常に崇高だったと考えます。

以上、有益な本書でした。

ただ、書中しばしば、童門氏が渋沢および当人の時代を現代に照らし合わせて解説なさる場面があったのが、気になりました。

先見力とは、先を見通す力のことだ。いまのようないわゆる「不確実性の時代」になると、この先見力がなければ、指導者だけでなく、どんなに平凡な暮らしを送ろうとする人々でも、生き抜いていくことはできない。(pp.51)

このように。

わたしとしては、歴史ものを読んでいる際に、現代と見比べたあれこれの訓戒の記述は不要、と思っています。

読者が自身で(自由に)おこなわせていただきたい作業ですので……。

金原俊輔

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