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『増補版 大平正芳:理念と外交』、服部龍二著、文春学藝ライブラリー、2019年。

自由民主党総裁で、第68代内閣総理大臣を務めた、大平正芳(1910~1980)。

総理大臣在任中に亡くなられました。

わたしは当時25歳の大人でしたし、現職の宰相が死去するのはあまりに異例でしたから、大平の訃報をおぼえています。

いっぽう、彼が為政者として何を果たしたのかについては、個人的にほとんど把握していませんでした。

本書はその大平の人柄や事績を調べて整理した評伝です。

重厚かつ濃密な内容でした。

もともとは学術論文だった由。

大平が、家族思いであったこと、読書を通して自身を磨いたこと、高い志をもち先見性も兼ね備えた政治家であったこと、外務大臣だったときに活躍し頭角をあらわしたこと、などが詳述されており、読む側の理解が深まりました。

立派なかただったみたいです。

1976年、いわゆる「ロッキード事件」がアメリカ国内で暴露され、日本へ飛び火しようとしていた矢先、本人は当該事件に無関係でしたが、

取材を受けた。大平は、「巧みに法の網をくぐっている者を許すことはできない。だが、一片のうわさでそうでない者を殺すことがないよう配慮しなければならない」と述べた。(pp.179)

正しく冷静な発言と思います。

わが国の政治史を振り返るために、また、大平という篤実な人物が国政・外交に携わっていた事実を再認識するために、『大平正芳』は有用な一冊でした。

さりながら、わたしには(本書への不満はないものの)大平にひとこと文句をいいたい件があります。

中国との国交樹立は、大平の生涯で最大の功績といってよいだろう。(pp.138)

これです。

往時の日本にとって中国と国交を樹立することがどれほど肝要であったかは、むろんわかります。

しかし、その結果、日本と台湾は「断交」に至りました。

大の台湾ファンであるわたしには痛恨の歴史です。

台湾にたいして慚愧(ざんき)の念を禁じ得ません。

中国側の関係諸氏に「日本は元・台湾の宗主国である」的な理屈をならべ、かの国と国交樹立を成し遂げつつ、なんとか台湾との断交だけは回避する方策はなかったのでしょうか。

金原俊輔

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