最近読んだ本366

『ベートーヴェン:巨匠への道』、門馬直美著、講談社学術文庫、2020年。

1987年に洗足学園大学音楽学部教授・門馬直美(1924~2001)が発表した書物を、あらためて文庫化したものです。

わたしは高校生だったとき、

ロマン・ロラン著『ベートーヴェンの生涯』、岩波文庫(1965年)

を読了しました。

いまだ記憶しているのは、青年期におけるベートーヴェンの身体つきが「力士のような」と形容されていたことです(もう同書が手元にないため、正確な文章は引用できません)。

ヨーロッパの力士(レスラー)と日本の力士(相撲取り)は体型が異なりますから、若き日の大作曲家が筋肉質だったのか肥満タイプだったのか、判別にとまどいました。

しかし、感銘を受けた本でした。

ロマン・ロラン(1866~1944)が文学者だったおかげでしょう、頭に入りやすい話の展開だったと考えます。

そして『ベートーヴェン:巨匠への道』。

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770~1827)の音楽に精励した人生を総覧する内容でした。

ベートーヴェンの才能と業績が書き尽くされています。

ただし、こちらの作品は門馬自身も音楽家であった関係で専門性が際だち、その方面が不得意なわたしには高度すぎました。

傑作の『告別』『ハープ』『皇帝』がみな変ホ長調なのはおもしろい。(pp.18)

「変ホ長調」の意味を知らない当方にとって、どうおもしろいのか分りません。

第三楽章は、アダージョ・モルト・エ・メストのヘ短調の曲で、深い悲哀感をたたえている。(中略)
なぜベートーヴェンがここにメストの楽章をおいたのかわからない。(pp.73)

「置きたかったから」では、ダメなのでしょうね……。

とにかく手こずりつつ読み進み、著者の学識に舌を巻きました。

卓越した伝記といえるでしょう。

音楽がらみの話題ばかりではなく、ベートーヴェンの人間像が浮かびあがるようなエピソード類を増やしてほしかった、とは思います。

たとえば、

シュトゥンプフは、料理を注文する際に、ベートーヴェンに好みをきいたところ、「魚、魚です」という言葉がかえってきた。そして、料理が運ばれてくると、ベートーヴェンは、魚料理を入れた器のふたを笑いながらとり、「ブラボー、ブラボー、魚がいる。さあ、喜んで魚を食べよう。(中略)」と歓声をあげたのだった。(pp.207)

背景に「第九交響曲」が流れてきそうな場面です。

もうひとつ、

司祭から臨終の儀式を受けたあと、「諸君喝采せよ、喜劇は終わった」とラテン語でつぶやいたことは有名である。(中略)
26日夕方、はげしい雷雨が訪れ、稲妻が部屋を照らしたとき、ベートーヴェンは、手を高くあげ、数秒の間目をひらいて上方をにらんだ。その手がおりたとき、ベートーヴェンの目は、半ば閉ざされていて、呼吸はとまったのだった。(pp.25)

これは「第五」がふさわしいかもしれません。

最後に、本書へのあわい疑問は、有名なピアノ曲「エリーゼのために」がまったく触れられなかったこと。

曲の原題は「テレーゼのために」だったという説があり、書中、ふたりのテレーゼ嬢が登場したにもかかわらず、どちらのほうがこの曲を捧(ささ)げられた女性であったのか、曲の誕生にどんな秘話があったのか、言及されていませんでした。

わたしみたいな低レベル読者はそういう余聞にこそ興味を抱くのに……。

金原俊輔

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