最近読んだ本381

『アジアの国民感情:データが明かす人々の対外認識』、園田茂人著、中公新書、2020年。

「これぞ社会科学!」と感嘆させられた良質な専門書でした(しかも読みやすかったし……)。

アジア諸国の国民たちが周辺の国々をどのように眺めているか、いくつかの調査結果を参照しつつ紹介した内容です。

著者(1961年生まれ)が、質問と質問をかさね合わせ回答解釈の精緻さを高める「クロス集計」をもちい、微に入り細を穿(うが)っておこなってくださった考察は、間然するところがありませんでした。

考察にあたり、「冷戦体制メンタリティー(pp.18)」なる馴染みのない概念が登場しますが、これは「資本主義陣営と社会主義陣営(pp.19)」のあいだの「冷戦によって出来上がった認識や評価(pp.19)」を指します。

たとえばベトナムの章で、同国における北朝鮮・中国への評価が突出して悪かった現象を、

ベトナムが共産主義陣営に加わった時点では、北朝鮮や中国は「自分たちの味方」との認識があったはずですから、この結果は当時からすればショッキングなものです。
冷戦体制メンタリティーの消失は、アメリカへの高い評価からも見て取ることができます。(pp.69)

納得がゆく解説でした。

それでは、わが国を中心に、もっとくわしく上掲書の中身を見てみましょう。

特筆すべき事項は、アジア地域で日本の人気ぶりが際立っていたこと。

2018年の調べによれば、日本をどの国よりも高く評価してくれたアジアの国家群は、ベトナム、フィリピン、タイ、マレーシア、シンガポール、インドネシア、台湾、香港、でした。

喜ばしい数です。

いっぽう、2019年、日本側が高評価したアジアの国は、第1位がオーストラリア、第2位は台湾、第3位シンガポール、になりました。

オーストラリアの1位は意外ながら、やや古い2013年の調査では、台湾がトップです。

最初に目につくのが台湾に対する高い評価です。台湾でも日本に対する評価が例外的に高かったことを考えると、日本と台湾の間には相思相愛の関係があるといえます。(pp.111)

台湾ファンの当方としては嬉しいかぎりでした。

逆に、2018年、日本を否定的に評価したのは韓国それに中国。

意外性はありません。

ところが、2019年、日本の当該2カ国への評価は極端に低くはなく、むしろロシアと北朝鮮をもっと嫌っている状況でした。

つづいて、国家同士の関係を別の角度から掲出するために、

対外認識の上位5カ国を「上」、中位5カ国を「中」、下位5カ国を「下」とし、国・地域のペアで、お互いの評価が一致しているかを調べてみました。(pp.117)

これより引用する文章の「上・上」は2カ国がお互いに好き合っている、「中・中」は相手をとくに好きでも嫌いでもない、「下・下」は相互に嫌い合っている、と理解するものです。

上・上のペアは日本と台湾、日本とタイ、日本とシンガポール、日本とインドネシア、韓国とシンガポール、中国とタイ、台湾とシンガポールの7組。
中・中のペアは、中国とインドネシア、台湾とインドネシア、タイとベトナム、フィリピンとマレーシア、マレーシアとタイ、フィリピンとインドネシアの6組。
下・下のペアは、日本と韓国、日本と中国、中国とベトナム、フィリピンと中国、マレーシアとインドネシアの5組です。(pp.118)

こうした傾向を土台に、もちろん複数の意識調査のデータも使いながら、著者はアジア各国の国民感情を十二分に読み解かれました。

労作です。

インターネット内で海外に関する種々のニュースやコメントが飛び交う昨今、本書が提供したエビデンス(根拠)に裏打ちされる知識を有しておくと、ニュースを冷静に判断できるでしょうし、変なコメントに接したがゆえの軽挙妄動も収まるでしょう。

つまり『アジアの国民感情』はネット民たちにこそ繙(ひもと)いてほしい出版物でした。

本書唯一の瑕疵(かし)は、調査回答者のほとんどが大学生だった点。

日本にて選ばれたのが東京大学と早稲田大学の学生で、他の国々でも名門大学に所属する若者ばかりです。

レベルが高すぎ、一国の全世代の総意を代表しているとも、同世代の典型的な考えかたを反映しているとも、いえません。

金原俊輔

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